お盆休みも今日で終わりかぁ~

と言っても、お盆期間中も色々あり

本家ということで、古いしきたりが色々ある。

 

盆と正月の親戚の集まりは

結婚当初から当たり前にあったことで

私が嫁に来る前から

ずっと本家の役割というのがあった。

 

長男の嫁の義母さんと義祖母さんが忙しく動くけど

親戚の集まりで来る

次男と三男の嫁さんは

置物ですか?と思うほど動かない方で。

この家の長男制度のしきたりが強固なんだなと思ったな。

 

今年はお盆の集まりは新型コロナウイルスの影響で

中止にしませんかと、私が義父さんに尋ねたのだけど

あっさり中止をすることに決まり。

4軒、10人で行っていたお墓参りは

今年は義父の弟夫婦の別行動の願いで

義父母と、長男の私たちと、次男夫婦という

3軒の7人で行くことに。

 

午前中は実家のお墓参りに

父と妹家族と行ったのですが

子供のころから行っていた海の近くのお墓。

戦争で父親を亡くした父が

母親が亡くなった時に建てたお墓。

海の近くで育った父は

実家の近くは遠くて建てれなかったので

せめて海つながりでと、海の近くの墓地を買って

私が幼稚園時代に建てたお墓。

 

夏になると、家族5人で毎年お参りに行っていて

そのうち、進学などで子供が来れない時期があり

そして、結婚して再び行くようになり

子供が出来てくるようになりと、

一時期は15人でのお墓参りになったけど

母が亡くなり、兄の子供たちは就職や学校で来れなくなり

今年はうちの長男が受験で来れなくて

9人のお参りだった。

 

お墓参りの参加人数は増えたり減ったりしながらも

続いていく。

毎年行くと、行かない方がなんか落ち着かない。

 

うちの長男は別の日に、朝6時半からお墓参りを周り。

そして、母屋の仏壇をお参りして

義父である祖父に顔出して帰っていった。

 

2度目の受験生になる予備校生。

夏になり、プレッシャーが増してきているようで

親戚の集まりがないと聞くと、ほっとしていた。

 

あれば顔出ししないとなんかよくないと思うけど

ないならば、よかったと。

 

周りの声を気にするなと、周りが言っても

本人の気持ちは本人にしかわからないから。

過ぎてみて思うもんだよね。

 

受験したい学校を話したいと

予想通りに、県内には残らないといった。

 

今、私たちが住む地域は

コロナウイルスの影響がある前から

財政的に厳しいと報道で見ていたので

県内の大学に進んでも、県内の就職は

どうなるかわからないし

長男は、本当は家から通える大学を目指したかったそうだけど

やはり、学びたい学部が県内にはなかった。

 

「もっと違うところも住んでみたい。

 今しかできないことをしたい。」

子供が目指す道が、思うようにいかない昨年で

そして今年はコロナウイルスで

今、子供時代から青年期に移ろうとしている年代は

厳しい世の中になっているな。

 

私たち大人は、現時点ではコロナウイルスの影響によっての

仕事の影響は少なかったけど

今後、長期的に見て

不安定な世の中になっていくことが大きいので

どこで何を準備するか、とても考える。

 

そんな中で、息子は

「お金をかけさせて申し訳ない」と言って

その中で自分が何をしたいか

どこまで学力を伸ばせるかを考えている。

親の資金がどれぐらいかも考えて。

 

正直言って、

子供が生まれた時点から、私は将来のために

教育資金や自立するためにかかる資金を

考えて来たので、

子供の名義の資金は準備してある。

でも、どのタイミングでそれを出すかを考えてる。

 

子供は自分のお年玉やお祝い金をためている

通帳を持っているけど

その資金が自分にあるお金と思っているけど

実はそれとは別に、生まれたころからずっと

私はお金を少しづつ貯めてきた。

 

学資保険というのには入らず

掛け捨ての医療保険に入って

預金は別にしてきた。

 

子供の節目でかかるお金は

生活費でまかなえたので

子供の預金は思うように積み立ててこれた。

 

私自身が、子供の頃から

いつも準備してきたので

その準備金に何度も助けられてきたから

子供たちにも、自分の夢や自分の挑戦したいことに

お金で諦めてほしくないから

親としての出来ることはその資金の準備かと思った。

 

でも、意外と子供たちは親に遠慮して

お金がかかることを心配するので

まだお金を渡すタイミングはないんだけど。

 

お盆が来ると思うのは

先祖がいて、子孫がいて

そして、子供たちがいる。

 

私に二人の男の子がいてくれることは

先祖があっての事だから。

お盆のお墓参りは、お礼をしたいと思う。

 

本家の仕事は思うよりも色々あるけど

いつの間にか、それが当たり前になって

そして時代と共に変化もしていくのかな。

 

結婚した当初は

本家だということである行事が

目の前にあると、責任が重かった。

認知症になる前の義母さんは厳しかったし

義祖母さんはきつかった。

 

何度か泣きながら逃げようと思った時もあった。

自分にはできないと思うことばかりで。

 

でも、同じことを同じようにしようと思わず

私は私の生き方をしてきたのだから

お互いの違いを気が付いて

そして増やして、そいでいくことで

やりやすさが生まれてくる。

 

いい嫁になろうとか

表だけ取り繕うより

私は私として何が出来るか。

 

そんな風に考えながら来たような気がする。

時々は、ここじゃないどこかに行きたくなるけど

 

それはまた、旅が出来る時期が来たら

旅に出ようかな。