辛かった・・・。

 

お母さんが介護を受ける事になり、

今思い返しても、本当に辛かった。

 

病気になって、辛いのはお母さん本人なんだけど、

家族が負う負担は思いのほか大きくて、

 

そこに足を踏み入れた子供は、

様々な思いに押しつぶされそうになる。

 

私自身、先に動いたのは自分だし、

介護申請からそれこそ亡くなるまで、

様々な方たちと前面に出て関わる必要があった。

 

それは自分でもできる方だと思うし、それはよかったのだけど、

病気の進行で人格が変わっていくお母さんと、

そばで見ているお父さんが、

凶器のように、人の心をえぐるような発言をするようになって、

 

どうして親の最後に向かう時期に、

ここまで人格否定をされないといけないのだろうと、

それが何の意味があるのか、

全くわからなかった。

 

お母さんの良さもわからなくなり、

嫌いだった感情が湧き出てきて、

死を意識するようになってからも、

そうなった方が楽なんじゃないかと、

そう願っている自分と向き合って、はたとした。

 

人が弱り、死んでいく様は美しくない。

 

身も心もズタボロになって、

築き上げた人間関係も壊れていく。

 

お母さんは、もうすぐ死ぬんだ。

 

そう思う時に、悲しいよりも、

それがいいのかもしれないと、思う自分がいつもいた。

 

もっと何かして上げれたらよかったのかと思い返しても、

そうできない理由があると思っていた。

 

「あんたなんて」

「あんたなんて、どうしてそうなんだ」

 

私が私であることを、認めきれなかった母親と

向き合う事は、

私が母親をそのまま受け止めてないからで、

 

お母さんが何をしても、私の価値観とは合わなくて、

どうしてそんなことするのか、意味が分からなかった。

 

家族よりも、他人の事で家を空けて、

そして、クタクタになって帰ってきて、

ボロボロの状態は家族が受け止めるべきという状況で、

 

それでも、私がすることをもっとこうできないのかと

そういわれ続けているような気がして、

 

あぁ、ダメなんだな。と思う自分がいて、

今ここからいなくなることが一番楽なんじゃないかと。

 

よく、いじめで自殺などあるけど、

あれは、加害者が学校になるみたいだけど、

私は、死を選ぶ若者は、家庭内で自己肯定感を持てなかったからだと思う。

 

私も、学校で意地悪や無視をされて、

家でも自分を認めてもらえなかった時、

死ぬことばかり考えてた。

 

考える一方で、

自分の人生の先が見たいから、

絶対に負けたくないと思った。

 

絶対に親にも学校にも負けたくなかった。

 

学力や運動ではかなわなくても、精神的に負けたくなかった。

19の時に壊れてしまった時は、

その中で出会った人たちを見て、やっぱり負けたらんないって思った。

 

心はその時、一旦死んだかもしれないけど、

それから、親じゃない誰かが自分には居るんだと思って、

何度もそれを繰り返し、

 

そして、今の自分が存在する。

他人に必要以上にのめり込まない。

 

お母さんが病気になっても、自分の生活は守りたいと思った。

理由は自分のためじゃなく、

子供たちのために。

 

私の人生はある程度よくやったと思う。

だから、子供たちの未来は土台をしっかりしてあげたいと思った。

 

お母さんの闘病の時も、死んでしまってからも、

そう思っていたことが表現できたと思った。

 

子供たちがしっかりと、病気と死に向き合っていた。

自分たちに何ができるか。

それを考えて出来るようになっていると思った。

 

お母さんにことは、私にとってつらい事ばかりだったけど、

自分がお母さんなんだという事を、とても自覚した。

 

子供たちの強さと、生きる力と、優しさを思った。

子供たちが、将来しっかりと生きていくために、

私がしっかりと母親をすること。

 

お母さんの事は、本当に辛かったけど、

逃げないでやりこなした自分は頑張ったと。

 

自分のことを認めることが出来ると思う。