先日、主治医から言われた。
「栄養が足りていないです。もう、口からの摂取では足りません。
胃ろうにすることを決断しる時期です。
もう、いつ食べれなくなってもおかしくありません。」
とうとう、食べれない現実が・・・。
父はすぐに、
「胃ろうにはしたくない。かわいそうだ」
と、いい・・・。
私の中には迷いがあった。
最近、色々ゴタゴタしていて、精神的に背負う事ができなくなり、
母に会う回数は減った。
でも、もしかしたら、それを言い訳にしていかないのかもしれない。
いつも悲しい目をして、辛そうな姿で、
言葉を発してもそれが全くわからなくなり。
もしかしたら、もう楽になりたいのだろうかと。
そう思う自分にも打ちのめされる。
母の病気が発症したと聞いて、もうすぐ6年。
どんなに頑張っても、何をしても、
向かう先は『進行』
進むだけで、元にま戻らない。
最初の主治医は
「それは『老化』と同じです。しわと同じで消えません。」
努力したら、たいていのことは成果が出てきた母にとって、
努力しても無駄なことは、
本当につらい現実だったようで、
傍で見ている父も、それは同じで、
父と母、二人で何をしても治らない現実に
動揺して、いら立ち。
それが介護の手続きを進めている私に向かった。
「うるさい!もう帰れ!」
「あんたは正論ばっかり。正論者だ」
そう言い放つ親の顔は、悪魔だ。
わが子に散々たる暴言を吐く。
これが病気のなせること?
いや、人間性だろう。
遠方の兄には、いつまでも親の顔をして、
末っ子の妹は、いつまでも心配して、
長女で、しっかりしていると思われる私には、
何を言ってもいいのか?
それが親のすることか?
その気持ちを抱えながら、逃げれない親の介護問題。
もうここまで来たらいいだろうと、
何度思っても、次々と起こること。
そのたびに
葛藤があって、
親を大嫌いと思い、親はいないと思って
淡々と・・・。
嫌がりながら、関わってきた。
でも、そうしているうちに、
わが子の問題が水面下で起こっていて、
今年になり、怒涛の展開に。
ありえない出来事。
本当なら出会う事がないであろう人物に沢山会い。
私自身、親を嫌い、親をおもっていた、
そのしっぺ返しが来たのだと思った。
関われば関わるほど、親が嫌でたまらなかった。
わが子の問題に向き合っていても、
相談さえできない存在の親。
自分たちの大変さばかり主張して、
私を思いやることもなく、
あんたは大丈夫でしょうという考えが見える。
そして、わが子の問題に取り組んで、
様々な方と出会って、
自分自身、親として沢山の事を考えた。
『子を育てる責任』
親とは別人格でありながら、
問題は親の責任なんだと痛感する。
「私が悪かったと思っています・・・」
そう発言する私に、
「そうじゃないよ」
「誰が悪いわけじゃない」
そう言ってくれた、立場ある方々。
でも、私はやっぱり、私の問題が子に影響したと痛感した。
私が、親を疎ましく思って、終わりを早くと願っていた。
そんなことを考える、優しさのない人間が母親で、
わが子がどんな風に育つか。
思いやりが欠如したかのような・・・。
大事なものを忘れてしまったかのような・・・。
『母親』というのは、子供に与える影響は大きい。
表面的を見て、「いい子だね」という、
愛情に似た、無責任で発言する方たちは、親じゃない。
この子たちにとって、私が母親なんだ・・・。
ずっと昔。
15年ほど前だろうか。
「いい子になるか悪い子になるかは、親の育て方次第だ」
と義母に言われ、
とても苦しくなった時があった。
いう事聞かず、ハチャメチャする子に、悩んでいた時に、
祖母である義母は、そう他人事のように言い放ち。
「母親はあなたなんだ」と責任を背をわせた。
そして、今は、「いいこだね~」と笑顔で無責任に言い放つ。
勝手なもんだ・・・。
私自身、悩み続けてきた子育ての答えは、
『育てたように子は育つ』
問題を抱えたのは、やはり私の育て方が問題があったのだろう。
そして、
その問題に向き合って、様々な人に出会って、乗り越えている。
本人は、どう思って行くのか、
大変なリスクを背負った事。
どこまで理解しているのか。
今日の朝、子供が
「夢でさ、自殺する夢みてさ・・・」と言った。
明るい笑顔の奥では、本当は黒い大きな塊を抱えていくんだな。
そうさせてしまったのは、私かもしれない。
母の命が消える期間がどれぐらいかわからないけど、
主治医からの余命宣告とも取れることに、
もう、どうやっても会話をすることが出来ない母に、
切なさと共に、
もう、母の言葉に傷つくことがないんだという安堵。
「あんたと話しているとケンカになる。
もう、帰って」
そういわれて、あの時が、もう私にとって終わりだったんだろうな。
元気だったころの母にもずいぶんと傷つけられたけど、
多分、母も私の言葉に傷ついたのだろう。
私も、子の言葉に傷つくときもあるけど、
親子というのはそうやって関わって、
人生でたとえ傷ついても乗り越える力を付けていくのかもしれない。
母の病気は悲しいけど、
人間の弱さを嫌というほど見せつけながら、
母親として役目を終えたけど、
人間としての終わりは、
せめて、良い人生だったと思えるといいなと・・・。
私もいつか、どんな風にか母親としての人生を終えるけど、
わが子が、どう思うかはわからないけど。
命があるうちに出来ることを悩みながらも
乗り越えていきたい・・・。
NのWさんは、
職業として、自分の職務を全うしているけど、
本当は人として、大事なことを持っている人だと思った。
彼のお母さんはどんな人なんだろう。
山口の尾畠さんも、
お母さんに褒めてほしくてと言っていた。
お母さんに褒めてほしいと思う子に育ったら、
きっと強く生きれるような気がする。
私は、散々傷つけられることばかりだったけど、
それでも、代わりに強さは持ったかもしれない。
母との別れはやはり泣くのかな・・・。