飛行機では隣の人によく話しかけられるほうだ。
今回は60歳くらいのおばさん。
他愛のない話から始まった会話だったが、
目的地へ行く理由を聞いたところ、
国際結婚をした娘の子供の世話をしに行くとのこと。
それは素敵だ!
国際結婚を許す器量の持ち主と孫に会いにいける心境を思っての言葉。
国際結婚に関しては色々反対もしたが、娘さんがどうしてもと言い、
その気持ちに負けたという。
実際娘さんは、旦那さんと結婚できてとても幸せだったと話していたという。
しかし、娘さんは昨年逝去されたらしい。
「え・・・・。」
娘の旦那さんは仕事もあるし、
旦那さんの親も独眼だったり、足腰が悪かったりだからと、
おばさんが頻繁にドイツへ飛び、世話をしているそうな。
2-3ヶ月ドイツ、1-3ヶ月日本というペースで行ったりきたり。
長男には国際結婚許したからこんなことになってるとまで言われたらしい。
少し涙ぐんでたね。
ふむ。
この時点で他の人ならなんていうのかな?
友達ならまだしも、たった今会った人のことをどれだけ思えるだろうか。
恋愛じゃなくても相性とかはあるだろうから人次第かな?
とりあえず僕の中はぐちゃぐちゃになった。
冷たく見る自分と感情移入してしまう自分。
人の不幸話を聞くといつもそうだ。
冷めた自分から見るとどんな人でも程度の違いはあれ苦労はあると考える。
この人にその不幸がやってきたのもなにかしら理由があるのだろう。
これまでの行動がその事象を呼んだのか、
もしくはこの不幸に直面することに意味があるのかもしれない。
他人との不幸の比較はしない。
だから冷めた自分からは
「ふーん。」
という感想しか生まれない。
せいぜい不幸が起きた因果関係について考察してみるだけだ。
しかし、感情移入してしまう自分もいる。
人の立場になって、考えをトレースしようとする傾向がもともとあるから、
そうなるのだろう。
相手が何を思って、何を考え、どんな苦労があったかを勝手に想像してしまう。
そんな自分は相手に起きた不幸を思い、泣くときさえある。
結局、国際結婚を許したからめんどくさいことになっていると言われて
しょんぼりしているおばさんを見て、イラっとする自分を認識しつつも、
心から出た言葉を僕の口が伝達し、
「娘さんが結婚して幸せだったならそれでいいんじゃないですか?
それを認めてあげた自分を誇りに思うべきですよ。」
と言い、僕の顔は満面の笑みを見せる。
偽善者め!
とこれを書いている自分は思う。
別に嫌なら、子供だろうがなんだろうが面倒は旦那が見ればよい。
自分が好きだから孫の面倒を見に、海を渡って行ってるんじゃないのか?
相手の親のせいとかにして、仕方ないから行くなら行くのやめれば?
そんなんで面倒見てもらっても敏感な子供はわかるぞ!
もっと自分の行動に自信を持て!
ものごとはそれほどシンプルじゃない。
人の行動・考えもシンプルじゃない。
人間は弱い。
それだけのことなのかもしれない。
みなさんはこの状況で何を思う?