記号論への招待 (岩波新書)/池上 嘉彦

他の国の人と話すとお互いの言語の違いに驚かされるが、言語を統一していこうという動きがある以上、共通言語の確立には言語論の知識が不可欠だろう。このまま英語が世界共通言語になったとしても、それぞれの文化に対応した言葉や文法が求められることは必須。言語の統一=文化の統一となるわけだ。その為の言語論・記号論。今後も似たような書籍があったら読んでみるかな。
いくつか興味深い表現があったのでここにメモ。
「つまり、コミュニケーションとは、言うならば、自分が頭の中に抱いている<抽象的>な広義の思考内容を相手の頭の中にも創り出す行為であると言える。」
うんうん。まとめ方綺麗。今後はこうやって言おう。
「受信者が機械であれば、可能な記号表現の様態はもっと広くなる。」
人間にもっと色んな種類の受信機を取り付ければ今では感知できない色んなことが読み取れるようになってコミュニケーションはより円滑且つ高度になりそう。でも隠し事をするのも難しくなりそうだな・・・。
「『道化』は既成の文化的コードから逸脱して行動するが故に、一方では無知な、しかし、他方ではコードに捉われている人には得ることのできない知恵を与える両義的な存在 -『賢い愚か者』-である」
この生き方かっこいいな。でも一部の人にしか良さをわかってもらえないのを残念だと思うのはまだ世の中に期待しすぎなのかな?
自分の好きなことをやって、自分で満足してしまっていたら一部だけに認められるだけでいいのか。
うん。
なんかそれだったらすごいわかる気がする。