ふと考えたことがある。
人ひとりが他人に与える影響について。
今アメリカの歴史について学んでいて思うこと、
これはどこの歴史を学ぼうと一緒なのだけど、
歴史を大まかに学ぶ現代の学生にとって、
重要な出来事と思われる出来事に関係した者のみしか
知ることができない。
ではそれこそ一つの戦争で死んだ
何の功績も残していない、
その戦況にすらあまり影響を与えてると思われない者は
どのくらいの人に影響を与えたのか。
その人だって確実に誰かに影響を与えているわけで、
それこそ殺されることによって友の士気を高めたりしたのだろうけど、
現代を生きる人にはそれを知ることは難しいだろう。
その人がどのように考えその場に行き、
それまでにどのような人に影響を受け、
どれくらいの人に影響を与えたのかは
やはり特定の人物のみしか知ることはできない。
今まで存在し、
消えていった全ての者たちの数は誰にも正確にはわからない。
では今生きている人ひとりが考え、
行動することで
いったいどれだけの人が影響を受けるのか。
一国の王や大統領はそれこそ他人に与える影響力が大きく、
また影響を与える相手も多い。
その人たちは自分が影響を与えるであろう大衆のことは考えることができても
一人一人を考えることはできないし、
自分がなんていう名前の人にどれだけ影響を与えたかは知ることができない。
彼らはそれを自覚しているのか。
一人の兵士が死んだ時、
何を思うのか。
自分の行動一つ一つでそれこそ人ひとりの人生、
その人の生死を左右できることのできる彼らにとって
自分の言動がいかに影響力があるか自覚してもらわないと困る。
最後に思ったことは、
このような「歴史」という決められた基準のもとで記録に残される
特別な人を「除いた」
それ以外の人たちが他人に与える影響も小さいようで
実は大きいということだ。
周りに人がいるとこに存在している人であれば
一人には確実に何かしらの影響を与えているわけなのだから・・・。
そこに存在しているだけで他の「人」に影響を与えることができる。
これはものすごいことだ。
ゆうきも、
そしてこれを読んでいる人たちも誰かに影響を与えている。
どんな影響を与えているのか気になりますよね?