う中川翔子さんの本来の名前は
中川薔子のはずでした。
ですが、薔←この漢字が
役所で人名として
通らなかったため
叔母が市役所の人間と揉めて
殴り書きで(しようこ)で
通ってしまい
今までずっと
中川しようこでした。
それに気付いたのは24歳の時。
何処でも(ローマ字でSHlYOUKO
と書かれてしまい、
本人は、(しょうこ)だから!って
今の今に至るまで苦労して
ずっと嫌な思いをしてきました。
時には、『し』と『よ』が
合体して(はうこ)と呼ばれることも。
その『は』→しよ←これを合体です。
そこで先日『家庭裁判所』に出向き
中川翔子(なかがわ しょうこ)として
申請しています。
本人は、もう(しようこ)でも
(はうこ)でも、ありませんと
ハッキリ言っています。
申請が通るかどうかまでは
1ヶ月かかります。
僕は、ずっと中川翔子さんのこと
(しょこたん)と呼んでいましたし、
また、(しようこ)という名前は
一つの思い出として
心の中にしまっておきます。
僕の好きな中川翔子さんの歌は
『空色デイズ』です。
一番最後の歌詞に
注目してください
『答えはそう いつもここにある』
その意味が、長い間にわたり
(しょうこ)という、名前がいつも
しょこたんの心の中に答えがあったから
