この話は僕が社会人になり
友達と埼玉県の秩父の華厳の滝へドライブに行った時の話です
友達と夜に夕飯食べたら、車でそっち行くから、着いたら電話するって言って僕は待ってました。
ですが、僕の携帯に着信履歴は待っていても、ありませんでした。
もう着いても、おかしくないからと、外に出たんです。
そしたら友達の車がありました。
車に乗った僕は言ったんです。
電話かかってきてないけど、
電話してる?って
そしたら友達は、ほら?電話してるよ?って携帯の履歴を見たら、きちんと電話しているんです。
まぁ、いいかと思って友達の運転で華厳の滝へドライブに行きまして、着いた頃は深夜の一時過ぎでした。
着いた時に友達が、せっかく来たんだし夜だけど、華厳の滝の写真だけ撮って帰宅しようって話になりました。
華厳の滝の前に階段があるんですが、階段を登る時から、僕が言ったんです。
ねぇ?なんかおかしくないか?って。
そしたら友達も俺もそう思うって。
残念だけど帰宅しようって話になりまして、
華厳の滝の前にある階段の付近の景色を何故か、無意識に撮って帰宅したんです。
家に着いた頃は、早朝でした。
そっと自分の部屋に両親を起こさない様に入り就寝です。
次の日の朝8時過ぎでした。
台所に父親がいて、僕が挨拶をしました。
すると、数分後に家の電話が鳴りました。
父親が出て、はい、はい、はい、そうですか、はい、わかりました。
ありがとうございました。
と言って電話を切り僕に言ったことは、
やっちゃん?ばあちゃんな?
さっき病院で息引き取ったって。
だからな?今日ばあちゃんの家に、みんなで行って寝ないで、火を灯すよ?わかった?って。
僕は、無言でした。
悲しいあまりに声が出ませんでした。
そして、準備している途中また
電話が鳴りまして、
病院から、お宅の近くの葬式場に、たみ江さんを、お運び致しましたので、そこに後日来てくださいと。
葬式か、ばあちゃん前々から、死にたい死にたいって言ってたもんな、って思って自分の気持ちを強く持って葬式に僕の身内や親戚合わせて30人ぐらいで葬式を開きました。
父親は泣きながら手紙を読みあげて、
初めて父親が泣いた所を見ました。
うちの父親は、生まれてから
養子に出されたんですけど、
その先が、たみ江ばあちゃんです。
父親は姉に育て上げてもらってました。
その姉の妹が神奈川県の逗子市に今も住んでいます。
たみ江ばあちゃんの妹が言いました。
もう疲れたか?ゆっくり休めよって。
僕も、顔を見ましたけど、悲しいあまりに泣きました。
それから、昼御飯になり
父親が言いました。
皆様、大変恐縮ではございますが、うちの母親は楽しい姿が好きです。
どうか笑って話してお寿司を、美味しく食べてくださいと。
父親は、お寿司を真っ先に、
亡くなった、たみ江ばあちゃんの写真の前に持っていきまして、何か言ってました。
それから、数日経過した時に思い出しました。
前に確か華厳の滝の付近で写真撮って帰宅したなって。
携帯の写真を確認したら、映ってたんです。
たみ江ばあちゃんの顔が。
僕に亡くなっている事を知らに来てくれたことに涙が溢れて止まりませんでした。
もう、月日が流れ墓参りに行くどころか、父親はガン治療
僕は病気の状態で、
線香一本あげれない状態に情けなさ、悔しさが溢れてきます。
毎日毎日思ってます。
墓参り行けなくてごめんね。
行ったら、お供え物必ず持って行くから。
僕、元気になるから待っててねって。
たみ江ばあちゃんは、埼玉県秩父の華厳の滝へドライブに行った日と共に虹の空に渡ったんですね。
たみ江ばあちゃんが好きだった煮物
今日僕が作りました。
たみ江ばあちゃん?
僕の煮物作っている姿見てくれてますか?
今まで、優しさを教えてくれた僕は幸せです。
ありがとう。
