忘れない2025 〜あれから30年〜 | Facing Forward

忘れない2025 〜あれから30年〜

神戸市の東遊園地からの中継を見る為に

今朝は5時30分に起きてテレビをつけたら

NHK他民放各局がニュースや震災の特番だったので

民放の母と娘の震災の話を少し見てから

サンテレビに変えるとさすが神戸の放送局だけあって

既に東遊園地の様子を俯瞰から中継してました



(画像はお借りしました)


時間になりテレビからの合図で黙祷を捧げて

あれから30年経つ阪神淡路大震災追悼行事は

夜明けを待ちながら始まりました

今年の言葉は「よりそう」

震災を経験した人々が少なくなる中

幾度も大変な被害に日本が見舞われましたが

経験無くても思いを寄せて

皆で力を合わせて前へ進もうという

そんな願いが込められていると思いました


以下からの画像は去年1月に訪れた

神戸ルミナリエで撮ったものです

今年も来週行く予定ですよ



わたしにとって30年という年月は

経つのが早いのかというと全くそんな事はなく

いつでもあの日あの時の空気を思い出せます

何度か書いてますがわたしはあの日

兵庫県にあるE宅でEと共に被災しました



酷く揺れたEが住む市営団地の一室で

二人とも掛け布団を頭から被って様子を伺い

まだ夜が明けず暗いままでしたが

揺れが収まってから部屋の中を確認して

玄関に辿り着くとドアの外から

他の住人さんが各部屋のドアをノックしながら

声がけしているのが聞こえました



皆さん無事だと分かって安心してE宅に戻り

わたしの家に一人居るはずの妹に電話を掛けようと

玄関に置いてあった電話を使わせてもらおうとしたら

受話器を上げても無音でしたので

仕方なく外の公衆電話を使おうと思い

懐中電灯を探すも見つからず

仕方なく前年にディズニーランドで買った

キラキラ光るハンディライトを手に

公衆電話を目指して坂道を下りながら

目の前に広がる薄暗い下界の街並みから

どころどころで煙や炎が上がる様を見て



何故か現実とは俄かに実感が湧かず

ぼんやり光る電話ボックスを見つけて

茫然としながら自宅に電話して

無事だった妹の声を聞いて安堵したら

再びE宅を目指す途中で空が一瞬光ったのを見て

急に恐ろしさが込み上げたのを覚えています



夜が明けて日が昇ってテレビをつけても

神戸で地震があったと報じながら

特に変わらない朝のニュースバラエティの様子に

ああ、そんなに酷くなかったのかな…などと

惚けながらテレビを眺めていたら

いつの間にか電気が止まって家電が点かなくなり

ガスもいつからか使えなくなっていたので

水道は大丈夫だったからヤカンに水を汲んで

カセットコンロにかけて湯を沸かし

何とか発掘したカップラーメンを作ってたべて



やはり現実味を感じられないまま度重なる余震と

歪んでしまった窓の隙間からの寒さに震えながら

これからどうしよう…などと考えるわたしと

地震より年末の大掃除が無駄になったと

部屋がめちゃくちゃになった事を怒るEが

夜になって今は亡きE父が仕事先の大阪から

車で何時間もかけて助けに来てくれなかったら

あの団地で何の情報もないまま過ごしたと思います



あの日の事を鮮明に思い出せても

Eとどんな話をしながら過ごしたかまでは

実はよく覚えていなかったりします

脱出する時に飼っていた金魚が弱らないよう

割れた金魚鉢から手鍋に移して車に乗って

振動で溢れた水で膝がビシャビシャになったけど

でも金魚が無事で良かったね、とか

そんな話は覚えているのになあ…



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大阪に向かう車窓から見た光景で覚えているのが

日が暮れて街灯が点々とする中を

同じく被災地から大阪方面へ、

反対側の車線には被災地に向かう

車のテールランプばかりだったのが

武庫川を越えて中島川も渡り

淀川に差し掛かる頃には車の流れが早くなって

市街地に煌々と灯る電灯の数に

まるであの時間が無かったみたいな

不思議な気持ちになったものです



一旦は大阪のE父母が住む家に寄ってから

わたしの自宅まで送り届けてもらい

妹とお互いの無事を喜んでから

支度してくれていたお風呂の湯船に浸かったら

ドッと安堵と恐怖が沸き起こってきて

しばらく泣いたのを覚えています

まだ被災地には取り残されている人々がいるのに

こうして暖かい風呂に入っても良いのかとか

用意してくれたご飯を食べていても

今頃あそこにはまだ…などとグズグズ考えたり

詮無い事ばかりが頭に浮かんで仕方がなかったです



今、色々ありながらもこうして日々を過ごす事が

どれだけの奇跡と沢山の支援のおかげなのかを

わたしは思い知るのです

阪神・淡路大震災で犠牲になられた方々の

魂の安寧を心から願います