落ち着いてお茶を飲める幸せ | Facing Forward

落ち着いてお茶を飲める幸せ

いつかイタリアへ行ったら役に立つかも 意外と当たりの内容でしたことよ

先日電車で移動の際、初っ端からDSの電池が切れてしまい、代わりの暇つぶしに古本で買った『バール、コーヒー、イタリア人-グローバル化もなんのその』(島村菜津著)を読みましたよ。
色々と知らなかったイタリアにおけるバール(Bar)の事、コーヒー豆の輸入輸出にまつわる話…とても興味深かったです。

わたしが知識だけで認識しているバールは、小説やエッセイ、某同人作家さんが旅本で書いていたものくらいで、何時でも何処でも立ち飲み食う事が出来るお店というくらい。
エスプレッソは案外カフェインが少ないかも?とか、バリスタとバールマンの微妙な違い、スタバがイタリアに介入出来ていない事情等、専門書とは言い難いけどそれなりに押さえる所は押さえられている内容でした。

グローバル化が進み過ぎて、人と人との温もりがまるで無くなりつつある現代です。
でも、こうして地元密着型の店舗が生き残る国もあるんですよね(著書現在2007年初頭)。
強いて日本のモノに当てはめるなら、活きの良い地方の商店街か、観光地の売店とか土産物屋兼食堂と言った感じでしょうか。
どれだけ細分化されようとも、マニュアル化されたものでは対応し切れない顧客のニーズに答えることが出来る…
それがイタリアのバールの有り様。または心意気?(*^▽^*)

日本でも色々と目新しい海外もしくは地方名産物が出店しても、なかなか定着しないですよね。
気がついたらそれらが撤退してしまって、跡地に他地方と同じ店や同じ様式の大型ショッピングモールが出来てしまってます。
国民性として、最初は初めて触れる物にドキドキする楽しみがあるものの、それらを受け入れて生活に取り入れる気概が少ないのかもしれませんね。
言い方が悪いと思いますが、今の日本国民はず~~~っと右へ倣えで生きているわけですから、個性は憧れるけど欲しくない…と言った感じでしょうか。

イタリアのソレが素晴らしいと思う反面、日本では出来そうだけど「今は無理だな…」と残念に思うわけですよ。
コーヒー一つ煎れるだけで色々注文出来てしまえるイタリア…
いつか自分も“自分だけの”コーヒーを煎れてもらいたいと、この本を読んで思いを馳せてしまいましたよ。
色々と物騒なお国ですけど、いつかは行ってみたいですね。
カサノヴァを気取って、お洒落して広場に面したバールでエスプレッソを…とか(*^▽^*)



前にも書いたと思いますが、わたしはコーヒーが飲めません。
少なくとも10年前までは飲んでましたが、ある日を境にぱったりと飲まなくなりました。
飲まなくなったきっかけは忘れましたが…多分一生分飲んでしまったからかもしれません。
それでも、何故か今また飲みたいと思うようになったので、機会があればまずカフェオレ(しかもミルクたっぷりアイス)から試しているのですが…
むおお、全部飲み切るまでには至りません。
なので相方Eに残りを飲んでもらうはめに…すまぬ…。
友人T宅で見せてもらったコーヒーのパーコレーター(違うかも…)もカッチョ良かったなあ。
おかあさんがコーヒーショップの店長だったせいで物心ついた頃からコーヒーには馴染み深かったので、是非また美味しいコーヒーを味わいたいと思うのですよ。
アレルギーではないので、単に嗜好(?)の問題。
克服したいけど、無理しない程度にゆっくりと行こうと思ってます。