大切な事は、時として辛いもの
下巻を前にして震えた。とうとう終わるのだ。昨日のお昼休みに『H・Pと死の秘宝』上巻の30ページくらいを読んで、帰りの電車で更に読み進め、晩ご飯を食べ終えて直ぐに『ケータイ捜査官7』を観てから風呂を済ませて、髪を乾かすのももどかしく、続きを読み進めた。
ケイタとセブンのことはまた今度書こう。
それよりも上巻。
…ネタバレになるので多くは書かないけれど、“生き残った男の子”の試練は、より厳しいものになっている。
わたし達の現実世界でも。
人と人との結びつきが、かなり希薄になってるが故に起こる事件が多発していると思う。
己の試練を他者に押し付けようとした者による、残酷すぎる悲劇が起こっている。
何故、自分の事件を他人に背負わせようとするのだ。
誰かがやってくれる、自分じゃない誰かが助けてくれる、自分を救ってくれる…
そんな甘えを、何故まかり通ると思うのだ。
何故、何の罪もなく、何の関係もない魂が奪われなくてはいけないのだ。
わたしは問う。
お前やわたしにどんな差がある?
ただ生きて、呼吸をしている「だけ」の存在ではないはずだ。
生きているから、何かの意味があるから、ここにいるのだろう?
今は意味なんて見つからないかもしれない。
もしかしたら、生きている間に見つからないかもしれない。
でも「命」は、紡いで行くものではないのか。
淘汰されるとしたら、それはお前の手によってではないはずだ。
勝手に神の手を騙ってはいけないのだ。
人は生きて、泣いて、笑って、死んで行く。
次の命を見届けてから、『あちら側』へ行くのだ。
それは魂かもしれない。
死したその人の生き様を受け継ぐ者達によって紡がれる、一つの魂であり、命。
運命とか、大きく括れるものなど知らない。
でも、確かにそれは、残った者達の中で息衝いている。
忘れる事なく、伝えゆく。
これは多分、必要な事なのだろうけど…試練はいつも残酷だ。
結果が大事ではない、経過が大事なのだとは誰が言ったのか。
人が成長する為に重要な事だと。
それは真実の一つであり、また、そうではないかもしれない。
受け手次第なのは、どの事にも当て嵌まる。
ただ、己の力で勝ち取ったもの(=経験)が、愛する人達を含め、自分自身を幸せにするかどうかは、本当に自分次第なのだ。
時に振り返る事も重要だ。
間違っていても、やり直せる分別を持てるかどうかが問題ではあるけれど。
この最終巻を読んでいて、どれだけ経験を積んだ者でも、人は間違うし、疑うし、信じない場合があるのだと、改めて識らされた。
“生き残った男の子”が、最後の試練を迎える。
きっと、身を引き裂かれる思いを嫌と謂うほどさせられるのだろう。
でも、乗り越えてくれると信じている。