そうなのかもしれない | Facing Forward

そうなのかもしれない

買っちゃった(^^;

ネットニュースで見かけて以来、ずっと気になっていた本を買いました。
『オタクはすでに死んでいる』(岡田斗司夫/著)です。

脂肪の次は思考を整理。一億総コドモ社会はなぜ生まれたのか。
テレビの企画で、いまどきのオタクたちに対面した著者が覚えた奇妙な違和感。そこから導き出された結論は「オタクはすでに死んでいる」だった。小さな違和感から始まった思索の旅はやがて社会全体の病にまで辿り着く。日本人はなぜ皆、コドモになってしまったのか。自由自在に飛び跳ねる思考の離れ業のダイナミズムを堪能出来る一冊。


著者の岡田さんの文章は、彼の語り口調そのままでとても分かりやすく、以前買い求めた『東大オタク学講座』を読んでいたので(今は文庫に下りてるんですねえ)入り易かったです。
目次を見ただけで「あぁ」とか「ううむ」とかいう唸り声が出ます。
実はわたしもそう感じていたからかもしれません。

ざっとした感想ですが、オタクの世界にもとうとう住み分けがハッキリして来たということなのでしょうね。

もともとあったオタクジャンルの『マンガ』『アニメ』『鉄道』『ミリタリー』e.t.c…
それらには、知識は通じなくても同じ“オタク”という共通意識みたいなものがあった。
それが、メディアでモテ囃される原因となった“萌え”という言語が、オタクを大雑把にひと括りする“呪(しゅ)”になってしまった。
呪にかかってしまったイマドキのオタク達は、萌えることこそオタクの証と目が霞んでしまっている。
「萌えが分からないヤツはオタクじゃ無い」とまで言う。
そんなに“萌え”って重要なのか?
“萌え”が分からなければオタクじゃ無いなんて、誰が決めるのだろうか?
好きなことが好きだと言うのに、定義は要るのだろうか。

わたしだって“萌え”くらい分かりますし、実際萌えますから(爆)『オタク=何かに萌えるひと』という括りも解らないでもないです。
でも、“萌え”だけがオタクの定義では決してないのです。
著者も乱暴に斬って捨てるつもりは全くなく、むしろかなり考えて悩んでこの著書を起こしてます。
ただ、消費するに終止する現在のオタク達の姿を、悲しい気持ちで見つめている…そんな感じがします。
これだけメディアミックス商品が発達して、夢見ていただけだった“あったら欲しいもの”が次々と具現化し、供給が氾濫している今のオタク業界では、翻弄されない方が難しいのは確かです。
まだ読み始めたばかりなので完全なレビューは出来ませんが、わたしの年代以降のオタクなら、きっと思い当たるところが多いと思いますよ。
「これだから若い者は」とか「頭の硬い懐古主義」などという、どーでもいい言葉の応酬は要らない。
昭和の頃から誕生した『オタク』と、平成の世の『オタク』は別のステージだという事だけ。
それを嘆くのか、憤るのか、「ふーんそうか」と流すのかは自分次第です。
とても興味深い1冊です。

話は変わって、相方Eから「こんなの買ったよ」と写メが来ました。

ミルクカレーヌードル! ばばーん。

『ミルクシーフードヌードル』に続く商品ですな。
わたしもネットニュースで知ってましたが、チェックし忘れておりました。
明日スーパーにあったら買ってみよう♪