要らないものの話 | Facing Forward

要らないものの話

あると便利だけど、本当は要らないもの。

どうしても生きていく上で、なくてはならないものを除いて、要らないものって案外と多いと思う。


以前、そこ等にあるものが「その気」になれば武器になる、という記事を書いた。

お皿でも、花瓶でも、水でもガムテープでも。

日常生活で身の回りにあるもの全て、人は理性で道具として使うから、武器たり得ないのだ。


理不尽に命を奪われたりしたなら、武器になったものを心底憎みたくなる。

わたしの場合は鉄骨だ。

おとうさんの命を奪った、工事現場の鉄骨。

でも、いくら憎んだところで命は蘇らないし、おとうさんの血が付いた鉄骨が使われたであろう、海峡に架かる橋を渡らないと心に誓う事もない。

わたしが憎むのは、鉄骨の形をした“安全基準を守らなかった工事現場の監督”であり、“口裏合わせをしようとした職場仲間および会社”だ。

心からの反省と、今後事故を起こさないという姿勢を持ち続けてくれるならそれでいい。

失った当時はとてもそうは思えなかったけど、今なら悲しみと事故を冷静に分けて考えられる。


道具は、あくまでも道具だ。

そして、人を殺す為だけに存在する拳銃も要らない。

道具として使い道が間違っている銃なんて必要ない。

更に要らないと思うのが兵器。

日本には要らない。わたし達には必要ない。





今、大きな決断をしているひとがいる。

その人とは考え方や捉え方が全然違うし、わたしの言うことは受け入れられないかもしれない。

分かってもらえるか、分かり合えるかどうかもわからないけど、心から応援してます。

ちゃんと伝わるかな。伝わるといいな。

あなたはひとりじゃない、皆がついてますよ。

頑張ってって言って欲しいってあったから、言いますね。

頑張れ!頑張れー!!