そんなこと思ったことあったね | Facing Forward

そんなこと思ったことあったね

「友達が新婚の頃、コロッケとか茶碗蒸しは、絶対手作りしないとダメだと思ってた、って言うんだよ」

きょうだいのひとAが夕食を一緒に食べている時、そう話し始めた。

お友達のパートナーがコロッケ好きだったとかいうんじゃなくて、結婚したら、何でもかんでも手作りするもの、出来合いを食卓に並べるなんてもってのほか!と思い込んでいたらしい。

う~ん、微笑ましい。


わたし自身、料理は手作りが一番安上がりだし、美味しいと思うので、是非そうしたいところだけれど。

揚げ物や蒸し物に限らないけど、下ごしらえを手抜きした所為で「何だこれは」というのが出来上がる。

運良く食べられない事もないものが出来ても、理想と現実のギャップに泣きたくなったことがある料理初心者も多いと思う。

新妻の一生懸命なところを買うけれど、しょんぼりしながら不味い料理を出すくらいなら、出来合いのが良いと思うようになってきた。

あ、でも出来れば最初くらいは手作りして欲しいかな。

Aの友人も、今では手抜きの方法を学んだようだし(笑)。


偉そうに言っているわたしも、そりゃあ台所に初めて立った時は「どうしよう」だった。

味は知っているけど、どう再現すればいいのかわからない。

調理実習では先生が教えてくれたけど、今ここには自分しかいない。

本の通りに作れば良いのはわかってるけど、自信が持てない。

いざ食卓へ料理?を並べてみたものの、食べてくれる対象がどう反応するか考えるだけで逃げ出したくなる。


小学生の頃、クリームパスタを食べたくて、見よう見真似でこしらえたことがある。

しかし作ってる途中でクリームが全く足りず、牛乳もなく、他に使えそうなものと冷蔵庫を漁って見つけたのは…

愛してやまないマヨネーズだった。

分量を量るとか全然考えない、素人の恐ろしいマイレシピ。

もっとクリーミーさが欲しくて、どんどん足していく。

気がついたら新品のマヨネーズが残り少なくなっていた。

自分で味見した時は「イケる」と思った。

だが。

いざ食卓へ運ぶ時、頭の中は言い訳でいっぱいだった。

仕事で疲れて帰って来るおとうさんに出す代物じゃないだろこれは!と思うものの、もうこれしか食べ物はない。

一瞬不思議そうな顔をしながら、食べてくれるおとうさん。

わたしは震えながら、さっきまで脳内でわーわー叫んでいた事を口に出した。

「お前が一生懸命作ってくれたんだから、美味しいよ。悪くないなマヨネーズも」

おとうさんが笑ってそう言ってくれた時、身体中から力が抜けた。

嬉しくて、今度はちゃんと作るからね、ごめんなさい、と泣きながら謝った。


三原順先生の『はみだしっ子』シリーズに、料理上手な主人公の一人が、子供の頃に大失敗した「おばあちゃんのためのバースデー料理」を再現する話がある。

多少料理の腕が上がったわたしだが、再現するのもためらう上、難しいであろうマヨネーズパスタ。

どちらも食べてくれる相手が、明らかに失敗作なのに喜んでくれたという、何とも面映い話だ。

作り手も、食べる側も、お互いを思いあっているからこそ良い話になるんだけどね。

作った本人は切腹モノの恥ずかしい話だったりするんだ(^^;


初めて一緒に食卓を囲む時、楽しくありたいと誰もが思うはず。

その時のお皿には、手作り料理でもスーパーの出来合い品でも、美味しく楽しく過ごせればいいんじゃないかな。

要は、一緒に居る人が大事なのなら、何でもいいと思うわけです。

ありきたりかもしれないけど、愛情が一番の調味料ですよ。


…しかし、わたしのマヨラー歴ってそんなに前からだったんだなあ…