匂いの話
以前嗅いだことがある匂いを、自分自身が発している事に気がついた。
それは、わたしが子供の頃に家を出て行ったひとの匂い。
パートナーと意思の疎通が全く出来なくなって、心も身体も傷ついていたひと。
「おかあさん」と呼ぶのがもう遠くなってしまったひと。
その気になれば毎日でも会える距離にいるけれど、わたしたちとおかあさんを隔てた距離は、あまりにも遠い。
夜遅くまで働いていたのを、駅まで自転車で迎えに行って、ぎゅーっと抱きしめてもらった時。
パートナーが苛ついて八つ当たりするのを、止めに入って庇われた時。
泣く背中に抱き着いた時。
叱られた時。
…恐ろしい理由で殴られた時。
今、おかあさんがわたしたちを置いて行ってしまった時と、同じ歳になったわたし自身から、あの時たくさん嗅いでいた懐かしい肌の匂いがする。
わたしは今、結婚したり母になるつもりはない。
相手が居ないだけではなく、向いていない。
わたしは、わたしの家族そのものが壊れていく様を見て来た。
だからもうあんな思いはしたくない。
作りもしないでと仰る方もいるだろう。
でも、それだけはわたしには出来ないことなのだ。
もしも縁があって、誰かと家庭を作っていくことがあるかもしれない。
世の中の離婚家庭に育ったひとだって、新しい自分の家族を守って日々を暮らしている。
わたしにも出来るかもしれないけど…多分もう無理だ。
だから、わたしのまわりの大事な存在には、惜しまず愛情を注ぎたい。
ごめんなさい、わがままです。