追う話
「友達とおっちゃんのトラックを追いかけて、上り坂を追いかけて行ったのよ」
昼休み、会社の同僚が高校時代の思い出を話してくれた。
きっかけは、オフィスビルの外に、100円という看板がかかった石焼芋のトラックが停まっていたから。
部活の途中であの「い~しや~~きいも~~」という声が聞こえ、当時バレー部だった同僚とその友達ふたりで「おっちゃん待って~!」と走って行ったのに、おじさんは気が付かずそのまま学校前を通り過ぎてしまった。
「意地でも買ってやるって思って、必死で追いかけたよ」
「買えたの?」
「買ったわよ、ゼーゼー言いながら1本ずつ」
笑いながら言う同僚、聞いていたわたし達も一緒になって笑った。
何かを走って追いかけた思い出…
すぐに浮かんだのは、わたしも高校生の頃のこと。
趣味の集まりで、草サッカーをやっていた時期に知り合った友達がいた。
最初は文通だったけど、直接会う機会がどんどん増えていた。
わたしが草サッカーの試合に出るというので、わざわざ見に来てくれると約束してくれた日のことだった。
時間になっても現れず、試合中も姿が見えない。
グラウンドの場所が分からなかったのか、何か事情があって来れなくなったのか…
当時はまだポケベルも携帯も、学生の身分では持てなかったし、世間的にも普及してなかった。
友達がようやく現れたのは、もう試合終了間際。
わたしに向かってニコニコ手を振るその友達を見て、安心したと同時に、何か凄く腹が立った。
その頃のわたしは、かなりの情緒不安定で、何かとすぐに悲観しがちであった。
「こんなに心配したのに、何で笑ってるんだよこいつは!」
「遅れて悪いと思うなら、ごめんってゼスチャーが先だろうが!」
「どうせその程度の友人関係なんだろう、あんたにとってはさー!」
そんなことを考えているのが丸わかりのわたしを見て、友達が思いがけない事を言った。
「お疲れ様、でももう帰らなきゃいけないから」
出鼻をくじかれたというか、仰天だった。
「何で?今来たところなのに」
「うーん、色々あってね。今日も少しだけ時間が取れたから来たんだ」
「約束したじゃない」
「だから来たよ。でもごめんね、もう行かないと」
顔だけ見に来たという友達を、わたしは酷いと思った。
試合が終わった後の事を色々考えていたのに。久し振りにゆっくり話せると思ったのに。
この友達は、いつもそうだった。
ふわふわしているわたしたちの仲間には珍しく、しっかり将来のビジョンを持っていて、その為に色々と動いているひとだった。
その日もきっと、それに関係する用事が出来たに違いない。
じゃあね、ごめんね、と本当に帰って行く友達を、拗ねたわたしは見送りもしなかった。
思えば、わたしは友達の信念というか、頭の先から腹の底まで一本通った姿に憧れていた。
その為に、わたしや他の友人達が後回しになる事に、毎回不満を感じていたけれど、
でも、前を向いて歩いて行く友達を、とても羨ましく思い、そしてとても好きだった。
グラウンドは最寄駅からすごく遠くて、歩くと30分以上かかる。
電車だってそんなに多くないし、友達の家はもっと遠い。
忙しいのに、会いに来てくれたじゃないか。
わがままで別れたままでいいの?
そう思ったら、足が勝手に駆け出していた。
ゼーゼー息を上げながら、追いついたのはもうすぐ駅というところ。
びっくりした友達の顔を見て、「ごめん」と大声で謝った。
まさか走って追いかけてくるなんて思わなかったと、苦笑しながらわたしの背中を擦ってくれた。
せっかくだから戻るよという友達を制しながら、駅に向かって話しながらゆっくり歩き始めた。
友達は、高校を卒業したら海外留学をする。
いつか話してくれたことがある、緑の芝生と青い空がある国。
そこの大学で学び、もしかしたら永住するかもしれないと言っていた。
今日はその為の用事が急に出来たので、約束だからと関係者に断って、昼間だけ抜け出してきたと言う。
「ハリーに叱られたくないからな」
そう笑う友達に、物凄く恥ずかしく、申し訳なくて、もう一度「ごめん」と謝った。
卒業して春が来て、社会人になって初夏の頃、「出発だから」と手紙が来た。
空港まで見送りに行ったら、わたしの知らない友人達が何人か来ていた。
そちらばかりと話をしていて、直接会うのも久し振りだったわたしには、気にして目線をくれるものの話までは出来ない。
やっと落ち着いて話が出来る頃には、もう出発時間が迫っていた。
元気でね、とか当り障りのない話ばかりで時間が過ぎる。
「手紙?どうしようかな、書かないかもな」
「どうして?」
「何か、里心ついちゃうじゃん」
「そしたら帰ってくればいいじゃない」
「だめだよ。決めたんだから」
ビシっと言う友達の横顔を見て、そうだね、と少し寂しく思いながら答えた。
出発ゲートに向かう時間になったので、ご両親や見送りの友人達と改めて握手したりしながら、友達はゆっくり歩き始めた。
「ハリー!」と呼ばれて顔を上げたら、ゲートをくぐる直前、ビッと親指を立てて満面の笑顔を見せてくれた。
バカだなあ、あんな笑顔見せられたら、もう泣けないじゃないか。
パッと衝立の向こうへ消えた友達の残像を求めて、わたしの足は勝手に駆け出さなかった。
走り出したのは、わたしの涙腺だった。
あれから本当に、手紙は一度も来なかった。
実家には季節の便りが来るくらいで、他の友人のところにも手紙はなかったらしい。
薄情ものです、と苦笑するお母さんの電話越しの声が、友達の声に似ていると初めて思った…。
何年も経って、今思い出しても懐かしく、大好きだった友達。
連絡を取るすべも無くなったけれど、元気でいるならそれでいいと思います。
あの後、わたしにもたくさん友達が増えたし、あなたと同じ空の下へ行ったひともいます。
いつか、どこかで会えるといいな。