いのちの話 | Facing Forward

いのちの話

今朝のニュース番組の特集で取り上げられていた、虐待された犬の保護施設設置する動物愛護団体と、設置反対の地域住民の話が頭から離れない。


こだわりの米をはじめとした農作物が特産品である地域で、この問題は起こった。

レポーターが歩く道の脇の水路には、きれいな澄んだ水がごんごん流れていた。

農業用水であるこの水路で野菜を洗い、時にはこの水で喉を潤すこともあるという。

風光明媚な、のどかな農村。

確かに、傷ついた動物を癒すにはもってこいの環境…

それは、そこに住んでいない人が勝手に持つイメージなのだなと思うことになる。


場所は、農地と民家がすぐそばにある空き土地で、以前は犬のブリーダーが使用していた。

反対住民代表者が言うには、同じ命だから助けたい気持ちはわかるけど、やはり人の生活が犠牲になるのは間違ってると思うそうだ。

病気を抱えるなど問題ある犬が多く住むとなると、土壌汚染や騒音がどうしても気になるという。

実際、施設から伸びる排水管の行く先は、あの澄んだ水が流れる水路。

ここに糞尿や汚水が流されるかもしれないと不安になる気持ちもわかる。


しかし、この排水管は市で指導された雨水用とのこと。

そうインタビューに答える愛護団体代表の言い方に、とても引っかかることがあった。

「それなら、この地域の山に住む鹿や猿、猪の糞尿の方が多いですよ。夜になると出てくるでしょう?」

「餌の時間になると一斉に泣き出す。それ以外は大丈夫」

「うちだって風評被害にあっている」

テレビだし、放映された発言全てが団体の意見じゃないことくらいわかってるけど、この代表が言ったことは揚げ足とりにもならない屁理屈だと思うし、これから農作物について風評被害にあうかもしれない地域住民の理解を得られないまま強行するのは間違ってる。

住民を招いて説明会をしようとしても、聞く必要はないと断られるらしい。

お年寄りが多い地域だから保守的なのもあるだろうけど、人にも感染する病気を持つ犬を持ち込むことについて何も言わずに開設しようとしたと聞いて地域住民が仰天しない方がおかしいだろう。

「それを言うなら○○と同じでしょ」などと言って切り捨てるようでは、理解してもらうのは難しいのではないかな。


保護活動そのものはとても大事なことで、大変尊いものだというのは皆わかってる。

でも、やり方に問題があるのだ。

集まった多額の募金をどう使ったのか不明だと報道されるのが嫌なら、ちゃんと収支報告をすればいい。

活動内容が疑問視されるのが不満なら、行なうといった記者会見を中止しなければいい。

団体の末端スタッフやボランティアの声を遮断するんじゃなくて、きちんと話し合えばいい。

善意で行なうことだからこそ、正義を盾に何でも許されると勘違いしないでほしい。

先に生活がある土地に入るのだから、先住者に不安がられるような言動は歓迎されないことくらい分かってもよさそうなのに。

自分が正しいと思い込んでる(ように見える)この愛護団体代表者は、何故こんなに拒絶されるのか訳を知ろうとしないのか。

憶測が本当のことだからなのか、意固地になってるのか。今のままでは理解されないのに。

本当に憎むべきは、ペットブームに乗っかって命を粗末にする人間にある。

犬たちには何の罪もない。

そんな彼等を救うというのなら、善意の輪を広げたいのなら、間違ったことをしていないなら何故素直になれないのか。

反発の声に反発&スルーでどうするのだろう。

色々叩かれて疲れたのかもしれないけど、だからこそ尚のこと頑張って説明してほしい。

このままではわかりあえない、伝わらない。


犬たちは何処へ行けばいいのだろう。


盲導犬育成募金に募金した際、「良かったらお持ち下さい」とボランティアから手渡された塩飴を見つめながら思う。

目の不自由な人を助ける犬の育成の為と、虐待された犬を愛護する為の活動費…立場は違うけど、どちらも明日に命を繋げる為に行なう募金活動。

歴史ある団体が行なおうが新興団体が行なおうが、生きているもの(人も動物も)を助ける為にという姿勢は同じはず。

どうしてもその土地に施設を開設するのなら、本気で準備・説得を頑張って欲しい。

施設の設備を整えて、地域住民に公開するとか話し合いの場をたくさん設けて理解を深め、協力を得て、風評被害なんかに負けない良い施設になるなら、そこはきっと傷ついた彼らにとって楽園になると思うから。

善意に甘えるだけでは全然立ち行かない厳しい世の中だからこそ、頑張って欲しい。

きれいごとだってわかってるけど、願わずにはいられない。

大事な命のことだから。