花束を、線路に。
あれから2年が経った。
相方Eがいつも通勤に使う路線だった。
わたしも、何度も乗った電車だった。
ニュースを見てガクガク震えた。
Eは利用時間がずれていたので無事だったので、少し安心した。
繰り返される事故の報道に、どうしても震えてしまう。
関係ない?直接には関係ないけど、かきむしられるように心が痛むのだ。
わたしは、わたしの恥ずかしい勘違いの話をこれから書く。
事故直後、わたしや友人達が楽しみにしていたJR西日本主催のスタンプラリーが自粛された。
駅の特設ブースへ問合せたら、若い担当職員が「この度は誠に申し訳ない、ご迷惑おかけしてすみませんでした」と何度も謝りながら、景品を渡してくれた。
いや、勿論景品は欲しかったけど、必死に謝る職員達の態度があまりにも気の毒になった。
掛ける言葉がなかなか見つからない。
大惨事なのにスタンプラリーかよ!と、自分が恥ずかしくなった。
軽い気持ちで問い合わせた自分が情けなくなった。
「頑張って下さい」とだけ言って立ち去った。
景品は、今も引き出しの奥に仕舞い込んだままだ。
事故現場の献花台に花を持って行ったのは、蒸し暑い5月のよく晴れた日だった。
最寄のJR尼崎駅から徒歩でかなり歩いた。
現場が近くなるにつれて、何故か足が震え始めた。
何度も転びそうになるのが自分でも変だと思った。
事故から数週間経っていたが、まだ大勢の報道陣がいた。
数組待ってから献花台に花を手向け、犠牲者の冥福を祈った。
膝が震えている。
何故と思うまでもなく、現場はとても厳粛で、圧倒的に深い悲しみ…悲劇をその場に晒しつづけていたからだ。
多分、わたしのような者は場違いだったのだ。
年に数回使う路線で馴染みがあるだけだし、自分の不徳を詫びるのもまた違う話だ。
何しに来たんだわたしは。
物凄い後悔が押し寄せてきた。
だから必死で祈った。
真面目にご冥福をお祈りしに来ました、本当に心から悲しいですと、何度も祈った。
事故現場が見たかったわけじゃない、ただ失われた命を悼みに来たのに、あまりにもわたしは無関係だった。
それは当たり前のことだった。
去年はこの後悔から花を手向けには行かなかった。
勝手な思い込みは今も続いている。
冥福を祈るのに理由や立場は関係ないはずなのに、あの日の苦い思いが足を止める。
ああもう、何様なのだわたしは!勝手に思って勝手にぐるぐると!
だから、今年は行こうと思う。後悔よりも大きな悼む思いを胸に。
勘違いももう終わりだ。
心から、亡くなった方々のご冥福をお祈りし、負傷された皆さんの安寧を願います。
そしてもう、こんな悲劇が起こりませんように…