ロマンス | Facing Forward

ロマンス

今年の4月の終わりくらいだった。
帰宅途中の電車の中だった。
その日、職場の同僚に何度目かの大いなる失望を味わい、
気持ちがとてもささくれだっていた。
イライラしながら、半ばふて寝のようにして座席に沈み込んでいた。

降りる駅の一つ手前だったと思う。
座る自分のすぐそばのドアが開き、誰かが乗り込んで来た。
男子高校生と女子高校生のふたり連れ。
彼等はそのまま空いた席ではなく、開いたドアの向いのドア付近に静かに歩いて行った。

イライラしていた自分は、とくに彼等に気を払わなかった。
それどころではない。
明日もまたあの間抜け面と向き合って仕事をしなくてはいけないのだ。
何とか気持ちを落ち着けたいのに。
焦るほどに募るいら立ちは、どうしようもなく。


近くで、緊張した若い声が聞こえた。
「あ、でも電話なんかしたら、迷惑…かな」
男子高校生が、うつむき加減につぶやいた。
ほぼ間を置かずに、別の若い声がした。
「いいえ、そんなことないです」
女子高校生が、かぶりを振って答えた。
そんな彼女の様子に、彼が嬉しそうに言った。
「…ありがとう」
ほっとした声だった。

多分、今年入学したばかりの後輩(女の子)と、その先輩(男の子)だろう。
まだ親しいわけではない、お互いを探るような、でも、甘酸っぱく爽やかな空気。

メールではなく、電話というのが何だかイイな、と思った。
今時、こんな会話を電車のなかで聞けると思ってなかった。
いつの間にかイライラはどこかへ消えてしまった。
偶然同じ車両の近くに居合わせただけの、彼等に救われた。
こんな事がいつもあるとは思えないけど、あると良いなと思う。