6月1日は父の13年目の命日
6月5日は弟の4年目の命日だった。
今まで量子力学だの時間は存在しないだの
知った風なことを散々書いてきたけれど、辛いものは辛い。
生きていて「幸福」と「不幸」のバランスがわからない。
「生きているだけで丸儲け」だとも思う反面、
「早くそっち(亡くなった家族の元)に行きたい」とも思う。
この世界は現象に過ぎず、また会える確信はあるのだけれど、
それでも悲嘆に暮れるのは仕方ない。
時間は存在しない。
逆因果。
でもそこで最大の疑問が生じる。
では、なぜ、僕たちは愛する家族を失わなければならなかったのか。
時間が存在しないのであれば、時間が未来から過去へ流れているのであれば、
僕たちが愛する家族を失うことは「必然」だったことになる。
そんなことが必然だったなんて、心から認めたくもない。
でも、結果から言うと、それは「必然」だったということなる。
自死した父も弟も、「優しい」人だった。
自死遺族の方たちのブログを見ても、例外なく「優しい」方たちばかりだ。
ここで言う「優しい」の定義は色々あるのだが、自分なりに簡潔に一言で言うと
「自分よりも他の人を大切にする人」だ。
例えばいじめ問題。
自分も小中学校時代にいじめに遭っていたのでいじめられる人間の気持ちは心底わかるつもりなのだが、
自分は常に「どうせ死ぬなら、いじめっ子を皆殺しにしてから自死しよう」と考えていた。
当たり前の発想だと思っていたし、具体的なシミュレーションまでしていた。
なぜ、何の罪も犯していない自分が「理不尽で不条理」な扱いを受けなければならないのか。
どうせ死ぬなら、憎い奴らを皆殺しにしてから死のう、自分はそう考えるような人間だ。
でも父や弟は違った。
もちろん綺麗事ばかりではなく、喧嘩をしたこともあるし、罵り合ったこともある。
でも結果として、「優しすぎた」彼らは、誰も傷付けることなく、自らこの世を去る選択をした。
この世から去る人は、何も言わずに消えて行く。
言ってはいるのだけれど、それに気付くのは、いなくなった後。
それに対して「何故あの時気付くことができなかったのか」と自死遺族は心の底から苦しみ続ける。
でも、一つだけ、間違いなく言えるのは、「優しい」人だったんだ。
だからこそ自死を選んだ。
こんな証明、心底いらないけど、自死したことが、その人が本質的に「優しい」人だったことの何よりの証明だ。
そんな証明いらないから生きていて欲しかったよ。
シェリー詩集「アドネイス」
彼は死んだのでも眠ったのでもない
人生という夢から醒め
無益な争いを続ける我々を 現実の世界に残した
狂気の中で刃をふるう我々を 無益な現実に残した
我々こそ死者