clockwork-sceneブログ「キロック」 -81ページ目

clockwork-sceneブログ「キロック」

clockwork-sceneの心象風景、その記録。

もうすぐ2月も終わってしまいますが、

月曜始まりの今年の2月のカレンダーは、

長方形の中に隅から隅まできれいに数字が並んでいて、

見た目にも美しかったな、とおもいました。

 

冬場の楽器は、毎回最初手に持ったときに、

おもったよりひやっとしてびっくりすることがあるのですが、

徐々にその心配がなくなる季節がやってきてうれしいです。

 

 

べえす かえ

冬と春の境目。

夕方と夜の境目。

晴れと曇りの境目。

挑戦と危険の境目。

親切とおせっかいの境目。

すきと執着の境目。

 

もしかしたら世の中の境目の多くは直線じゃなくて点線なのかも。

もしそうなら、その点線をとおり抜ける音を出し続けたいです。

 

 

べえす かえ

ライブをやっていて、

お客様が涙を流してくれるという場面に出会うことがあります。

 

 

これは僕にとって本当に幸せなことで、

誰かの心に届いたことが実感できる瞬間はかけがえのないものだと思ってます。

同時に、

感涙してもらえる歌を歌うことが、僕の中で自分自身をボーカリストと呼ぶための定義となっています。

 

clockの楽曲はソロでも歌わせてもらっているのですが

その場面に触れ、

楽曲を一緒に作ったメンバーへの敬意、

歌詞や制作時の思い出やいろんなことが重なり、

思わず声が揺れてしまいました。

 

歌いながら自分が感極まることはとても珍しく、

楽曲と道のり、今も聴いてくれる人がいることへの感謝を込めて、

ここに記そうと思いました。

 

 

まだまだ頑張ります。

 

 

 

noa

 

すごく家庭的な話題ですが、洗濯機が年数的にも容量的にもそろそろ限界だという話になり、決心してドラム式洗濯機を買いました。
乾燥機能が思った以上に幸せです。
タオルのふかふか具合で、生活の幸せは左右されていたのでした。

今この時期、家事も仕事もすべて家でやっていると、自分のミニチュアが生活している様子を別の自分が上から俯瞰しているような感覚になります。
どんな表現も日常生活に感じたズレから始まる、と思うと、この俯瞰こそが表現の源泉になるのかもしれない。
ふかふかになったタオルに触った自分が、前よりも良くなったなと感じて、旋律が思い浮かんだり詩が思い浮かんだりするのかなあ、などと考えていました。

きーぼーど まっけん

 

唐突ですが、久しぶりにスポーツ新聞を買いました。

野球のシーズン中は、すきなチームや選手が活躍した翌日にはけっこうな割合で買いますが、オフシーズンですが、わたしが大すきなOBが載っていたので速攻買ってしまいました。

 

わたし自身はぜんぜん野球ができないのですが、(音楽は別腹として)子どものころからこれほどにドキドキと感動をくれたものはなく、そのころのスター選手は今もわたしの北極星です。どんな暗がりでも、道を誤らずに、だいじなことを思い出させ続けてくれます。夜空が曇って星が見えない間でも、北極星がそこに必ずあると思うだけでも、きもちが強くなることもあります。

 

写真は、こないだの朝の満月です。夜明け頃にもまだくっきり。早起きして得した感が増したので、撮りました。

夜空の写真は、今度実家に帰った時に撮りたいとおもいます。

 

 

べえす かえ