つい先日、まっけん宅で興が乗って、過去のライブ映像の上映会になったのだけれど、観ている端から随分と沢山の「その頃に起きたこと」が脳内に呼び出されて、意外な程に記録の力を思い知らされたのです。
前を向いて歩けばそこには出会いと別れが渦を巻いていて、翻弄される中で吹き過ぎる景色は糧にはなれど形を保てない。でもそれはあくまで表層意識の話であって、形の合った鈎を投げ込んで手繰り寄せれば、もう一度その姿に再会することが出来るのだね。
あまりはっきりした記録を残すことは、何か風情を欠いているような気がして好きではなかったのだけれど、あながち悪いことではないのかな、と思ったのでした。
雨玉恋歌~アメダマレンカ~
の歌詞の冒頭
「幸せの色を見つけたよ 君の心の中に
だからもう少し傍にいてよ この雨が止むまでは」
価値観を
理解することと
受け入れることは
違う。
自分の価値観で相手を見るのは良いけど、
決して自分の価値観で自分を見てはいけない。
相手の価値観を理解して自分を見るのが正しい。
そんな風に思う。
今日はにわか雨が降るって。
おーじ。


