「大事なのは、自分の価値観に自分が追いつくことよね」
と、ある女性からメイルが送信されてきましたが、
そこで、びっくりするようなことが起こりました。
「ははは、オレの価値観ってなんじゃい」
まったく思い浮かばなかったのです、価値観が。
価値観?かちかん?カチカン?
What is KACHIKAN?
完全に思いつきません。
死んだほうがいいですか?
もうちょっと大丈夫ですよね?ですよね・・・、あ~びっくりした。
そう言われてみればそうで、ぼくは自分の価値観を意識して生きてきませんでした。
いつも「自分の価値は周りが勝手に決める」と思って生きてきた節があります。
たとえば、恋愛対象の云々において。
「価値観が一致している人」がトップ10入りする、
まったくもってちんぷんかんぷんな光景をよく見かけますが、
そもそも「価値観」なんて曖昧模糊としたものが一致するなんてことがあるわけなかろうにと、
その都度、苦々しく思ってきたもので、
第一、男と女の価値観が完全一致、もしくは前文一致するような、
俄かに信じがたい事態が地球上の其処彼処で発生している、
そんな至極不健康な状況であれば、
おそらく女子諸君が皆毛むくじゃらに男性化している、言うなれば
「ホモサピエンス総男性時代」に突入するという、
極悪なりけり・・・とため息が止まらない世紀末的状況になっていることだと思います。
なぜなら男子の「価値観」と呼ばれる「そういう雰囲気」は、
女子のそれほど理性的なものではなく、
なんとなくとも単純なものであると容易に仮定できるからであり、
そうであれば、より高度な進化を要する「女性化」よりも、
いっせーのーせで「男性化」の流れに傾くことは、
動物の進化の歴史から鑑みて妥当性が当然に高いと推測されるからです。
酒のせいにしたくはありませんでしたが、
話がむちゃくちゃな方に逸れてしまったので元に戻しますが、
要は価値観なんてものは映画や、音楽や、ファッションとニュアンスが近い、
「カルチャー」類似の高度に発展した「戯言」であり、動物としての人間である以上、
もっとダイレクトで衝動的なものに突き動かされて生きることが真っ当なのではないかと、
特に最近は強く思いますし、
人を愛する気持ちもそっちに従いつつ、ゆっくり進もうと思ってばかりいるのです。
以上のことから、「価値観」なんていう言葉の意味が完全にわからなくても別に構わないという結論に至りました。
以上。