いつかあなたはあの男を愛さなくなるだろう。
と、ベルナールは静かに言った。
そして、いつか僕もまた、あなたを愛さなくなるだろう。
われわれは、またもや孤独になる。
それでも同じことなのだ。
そこに、また流れ去った一年の月日があるだけなのだ。
ええ、わかってるわ。と、ジョゼが言った。
フランソワーズ・サガン 『一年ののち』 より引用
先日書いたように、
妻夫木くんの映画をもう一度見ました。
映画の最初のほうで、妻夫木聡が演じる恒夫が語る、
「これってもう、何年前だっけ…」のセリフが、
この映画の印象を暗示的なものにしています。
その、「暗示」を抱えたまま、物語は進んでいきます。
池脇千鶴が演じるジョゼが映画の中で表現しているのは、
決してきらきら輝くばかりの青春ではなくて、
恋愛の夢のような甘さと、いつまでも舌のうえに残るような苦みだなあ、と。
誰もが過ごしてきたような、
とても淡々としていて、でもいろんな感情がいろんな厚みで重なり合うような、
それを一歩引いて見つめたときにはきっと美しいグラデーションを描いているような、
そういう日常を丁寧に映像化しているなあと、思いました。
劇的じゃないけど、
だからこそ、自分のことのように切なさを感じるのだと思います。
冒頭のサガンの一節が全てです。
男だったら泣きはしませんが、
全ての人の心の中にある漠然とした青春のイメージ、
それをもう一度揺さぶってくれて、
鮮やかにしてくれるような映画。