今日模試が終わったあとに講堂に集められて先生が亡くなったことをききました。なんだか本当によくわからないです。死ぬってどういうことなんでしょう。「死ぬ」って難しい。
先生はあたしの世界史の担当の先生でした。黒板の真ん中から板書を始めるし、字は汚なくて読みにくいし、気分屋で怒ると凄く怖かった。生徒に言うことはきつかった。父母の会で寝ちゃったりしてた。なのになんでか知らないけれどあたしは先生のこと結構好きだったの。全体的に嫌いだって言う子が多いと思うけど。そういうやけに人間っぽいところがまた憎めなかった。だってね。質問に行けばなんだかんだ言ってちゃんと詳しく教えてくれたし、テストで出るところをポロっと言ってくれたり。教材のプリントだってちゃんとホッチキスで閉じてくれてたし(これは面倒だったと思う)、案外可愛いものが好きだったり、単語テストで頑張った子にはご褒美くれたり(ご褒美が何であったかにはこだわってはいけない)したんだよ。ずっとずっともうあの先生に会って、あの先生の授業を受けて、もう5年にもなるんです。この5年、先生から得るものがなかったはずがないのです。そんなに長い時間過ごして来たのだから、たった1日で先生の「死」ということを受け入れられるわけがないんだ。涙だって出るよ。そりゃあ悲しいって思うよ。前の記事には何で悲しいのかわからないって書いたけど、そりゃあ悲しいよ。だって、あたしの先生なんだもん。今だって涙が出てくるよ。
みんなの「悲しくない」って言葉が余計に悲しくさせます。多分ね、みんな悲しいんだよ。それに気付いていないだけなんだ。いつ気付くかは問題じゃない。「悲しくない」けど何かしら心で思うことがある。亡くなった人を思い返したでしょう?もうそれだけで悲しいよ。
まだ多分若かったはず。あたしの両親と同じくらいかちょっと年上なだけでしょう。みんなみんな死んでいく。世界はそれでも廻り続ける。死んでいくのが人間と生きているもののさだめ。そのさだめを受け入れられないからみんな悲しいんだ。悲しくなるんだ。涙が出るんだ。生きているんだ。さだめを受け入れることが出来たらもう人間じゃあないのかなと思います。神様か仏様か天使か悪魔かなんかじゃないのかな。
廻る世界の中で先生が安らかな眠りにつかれることを願ってやみません。