トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~ -6ページ目

トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~

理系大学生が、ニセ科学に踊らされる両親を説得するべく奮闘するブログ
(更新停止中。新ブログ:http://ameblo.jp/you-manavee/)

主よ,試験という現実から逃れてこんな記事を書いている私をお許したもれ.

ニセ科学とは少し毛色の違う話題だが,物理学の基本法則の一つである「慣性の法則」がしばしば誤用(かどうかは定かではないが誤解を招きそうな使い方)されているように思うので,今回はそれについて書こうと思う.

まず,慣性の法則とは

(i)静止している物体は,力を加えられない限り,静止を続ける.運動している物体は,力を加えられない限り,等速直線運動を続ける.

というやつである.運動の第一法則ともいう.(僕は昔物理のテストで,「第一法則について説明せよ」という問題でどれが「第一」なのか覚えておらず撃沈した覚えがある.順番などどうでもいいのに……)
ただしこの法則はいつでも成り立つわけじゃなくて,むしろそれが「どんなときに成り立つのか」が重要なのだが,それはひとまず置いておこう.

さて,世の中ではこの法則を使って,色々な現象が説明されている.例えば「電車が急停車すると乗客がバランスを崩す」とか,「だるま落とし」や「テーブルクロス引き」である.しかし,これらの説明には僕の中で色々と「細かいツッコミ」がある.

まず,電車の例である.これの説明は,「乗客は元々電車と同じ速度で運動していた.慣性の法則により,電車が止まっても体は動き続けようとするので,電車の動きについて行けず『おっとっと』ってなる」という風になされる.ここでの問題は,「おっとっと」となる時点で乗客は床から力を受けているということである.(i)をよく読んでいただければ分かるとおり,慣性の法則には「力を加えない限り」という但し書きがある.つまり論理的に言うと,この例は乗客((i)で言う「物体」)が力を受けている時点で慣性の法則が全く使えない状況なのである.

しかし,これはあまりに極端すぎる言い方で,実際には次のような「テクニック」で今の反論に対抗できる.

①もし,床と乗客の間に全く摩擦がなければ,力を受けることがないので慣性の法則が適用できる.すなわち,急停車したあと乗客は電車の中で立ったまま,ずっと元の速度で滑っていく
②その途中でもし床から手が伸びてきてその人の足を「ガシッ」と掴んだら,その人はずっこける
③実際の電車の中での出来事は「①と②が『一瞬で』起こったようなもの」だと解釈すればOK

しかし,電車の「おっとっと」現象を慣性の法則で説明しようというときに,このような議論をしているのを僕は見たことがない.実際,例えば学校で「慣性の法則」という初歩的なことを教えようというとき,一々こんな議論をしていては話がややこしくなり過ぎてしまうだろう.しかし,本当はこういう「細かいこと」をまじめに考えることが何より大事なんじゃないかと僕は思うのだが……

続いて,「だるま落とし」の話をしよう.だるま落としの原理はよく,次のように説明される:「下のブロックがハンマーで叩かれても,その上のブロックは力を受けない.よって慣性の法則より,上のブロックはその場に留まろうとするから真下へ落ちる」
これは確かに,慣性の法則の使い方は間違っていない.しかし,これではある重要な点が説明されていないように僕には思える.
例えば,もし下のブロックを指でゆっくり押したとすると,上のブロックも一緒に動いてしまい上手くいかないだろう.これは,ハンマーを適切に使いこなした場合と何が違うのだろうか.もっと言えば,「ハンマーで上手に叩いたときには何故上のブロックが力を受けないのか?」という問題である.

ぶっちゃけ,ここで慣性の法則を使って説明されている部分など当たり前のことである.「上のブロックに摩擦力も何も働かなければ,重力に従ってそのまま落ちる」など,わざわざ慣性の法則を持ち出さなくてもよさそうなものだ.しかし,「慣性の法則」というカチッとした専門用語を出されるだけで,人は何故か上のような問題を無視して「ああ,そういうものか」と納得してしまうのである(人がニセ科学に引っかかるのはこういう心理が働いているのかも).
因みに,上の問題は後述の「慣性力」という概念を使うとすっきり説明できるが,今は後回し.

今ここで挙げた2つの例のように,ちゃんと考えるとおかしいのに「誰々がこう説明していたからそうなんだ」で終わってしまい,それ以上思考をしないという人が多い気がする.「そういうの良くないなあ」と思うのは僕だけだろうか……


※テストがあるのに,勉強せずにブログを書くことで思考停止するという行為も良くない.
ここ半年で,僕はかなり堕落した気がする.
自分で「これだけはやる!」と決めていたことがいくつもあったはずなのに,いつのまにか消滅している.
とりあえず,テスト終わって暇になったら(なるのか?)それらを復活させようと思う.
それらの習慣とは,

・英語を勉強する
・運動,筋トレをする
・ニュース(特に政治,世界のこと)をこまめにチェックする
・小説を書く

の4つ.ここで宣言しておけば,きっとまたやるようになるだろう.ならなかったらもう知らない.


あの頃はあんなに真面目にやってたのになあ~(遠い目)
向こうさんとのコンタクトを取ることに成功した!
いい感じだ。


さて、僕がこれからやろうとしているのは、ニセ科学にハマる両親を説得することだけではない。それと同時にニセ科学そのものをこのブログで批判していこうと思っている。
しかしそもそも「正統な科学」と「ニセ科学」の線引きは非常に難しい問題なのだということを最近知った(僕がこれまでそれを知らなかったというのは我ながら恥ずかしいことだ)。

単に「再現性のある実験・観察に基づいている」とか「反証可能性がある」という基準でOKだと思っていたが、そんな単純な話ではないらしい。
ニセ科学を批判する以上は、こういった「線引き問題」についても勉強する必要があるだろう。

こういう話題は「科学哲学」という分野に属する。それで今日、大学の図書館で伊勢田哲治氏の「疑似科学と科学の哲学」という本を借りてきた。しばらくこれで勉強してみようと思う。



……いや待て、試験勉強はどうした(爆)