只見川第一橋梁の写真がご好評のようでしたので、余部鉄橋も。

 

「急行・快速あまるべ」が走った2006年(ガーン、もう12年前だ)10月21日は晴れたり、曇ったりの日でした。この俯瞰写真でも陽が当たっているところと、影になっているところがあるのが、おわかりいただけると思います。

ガタン、ゴトンという音が山の上まで聞こえてきました。

2006年の11月3日〜5日にかけて運転された磐西只見ぐるり一周号です。

 

怒る妻を尻目に「DD53ばんえつ物語」を撮りに出かけたのですが、そのまま帰ってしまうのはもったいないと思うようになりました。

 

とは言え、紅葉が美しい3連休。会津若松に空いている宿などありません。

 

そこで駅レンタカー。道の駅尾瀬街道みしま宿で夜を明かし(寒かった〜)、翌朝に撮影ポイントまで登りました。

あれからもう12年。キハ52もキハ58も過去帳入り。

 

妻のご機嫌取りに道の駅で買い込んだ野菜を抱えて、会津鉄道、野岩鉄道、東武日光線で帰ったのもいい思い出です。

 

フイルムはコダクローム200。鉄を復活して日が浅く、あまり深く考えずに200を使っていました。

 

 

私が中学生のころに、EF58が荷物列車の運用をEF62に譲り渡すことになりました。

そして置き換えの準備として、各機関区のEF58が下関区に転属して、最後の勇姿を見せていました。

 

写真のEF58 100は元宮原区のカマで、端正な原型小窓が人気でした。

故障により、小郡で運用を離脱したのですが、その後広島機関区に取り込まれたことはあまり知られていないようです。

 

私は瀬野八のEF59狙いで広島に行き、広島を離れる前に機関区に行き、撮影を願い出たのでしょう、ヘルメットを被った職員さんに連れられて構内に入りました。

 

いい時代でした。カマも人も。