双極性障害clipperdawnのブログ

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本当は躁転したいのだけれども

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高めで安定していて、在宅の仕事も進んでいましたが、腰痛になってしまいました。

 

やはり、身体の問題はメンタルにも影響しますね。やや落ちめ、過眠が続きます。

 

あー、お盆休みはおとなしくしていなければならないのか。

 

まぁ、在宅の仕事が忙しいので、いいと言えば良いのですが。

 

1週間後は診察です。

 

補中益気湯とウチダの八味丸を出してもらおうと思います。

 

 

 

 

前回ブログを更新してからは高め安定でした。

ガシガシと在宅の仕事を行い、取引先からも「順調ですね」とありがたいコメントをいただいていました。

 

そこに妻から「夏の洋服を取りに行きます」とメールが。

 

実は私たちは諸般の理由で3年間別居しています。そのあいだ、会話らしい会話もありませんでした。

 

急ぎ部屋を片付け始めます。高め安定ですから整理整頓もはかどります。

 

大丈夫、もう3年も一緒に暮らしていないのだから、別れを切り出されてもダメージは少ない。

 
大丈夫、大丈夫。
 
大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」なんかを聞きながら、自分を歌の主人公に重ね合わせて、余裕、余裕。
 
 

ところが前日になる、スイッチがカチンと入り、落ちてきました。

 

「離婚を切り出されたらどうしよう…」

もうあの頃には戻れないのかも。

 

妻が来る当日の朝になると、職場の人から「どうしたの、疲れているじゃない」と。

問題は別のところにあるのですが、長話をしてもしょうがありません。

 

最後に会ったのは一昨年の12月。

別れるとき、妻は私に腹を立てていました。なぜ立腹していたか、それすら私にはわかりません。

 

約束の時間にサングラスをかけた妻が呼び鈴を鳴らす。

 

「どうぞ」と私。

 

妻は一緒に暮らしていたころの物がある部屋へ。

私は邪魔になってはいけないと思い、別の部屋へ。

 

どうしよう、何て声をかけよう…。

 

不安になりながらも、玄関にある妻のサンダルを見て、心の安らぎを覚えたりします。

妻の質素な履物があるだけで、こんなに豊かな気持ちになるなんて。

 

離婚を切り出されたら、「別の日に話し合いをしよう」とでも言おう。

 


飲み物やお菓子を出して、様子をうかがいます。

 

会話が始まりました。

妻は転職に成功したことを私に告げ、会話(と言っても主たるものは私への尋問ですが)が始まりました。

 

3時間ほどで、妻は必要なものをキャリーバックに詰め終わり、私は「バス停まで送っていくよ。」

妻が私の申し出を断らなかったので、安心しました。

 

バス待ちのあいだにようやく普通の会話ができるように。

 

「すっかりメガネの人になったね」

「もうメガネなしには、何も見えないの」

「白髪が全然ないんだね」

「染めているの」

 

バスが来て、妻は去っていきました。

 

どうやら私たちの関係は終わりではなさそうです。

 

それがわかったとたん、私の心身はもとの状態に戻りました。

現金なものです。

 

 

最近、友人から「それで結局、dawnはどうしたいの?」と聞かれました。

「妻と一緒にすごした○○年は心地よかった」

 

私たちはどうなるのだろう。

「また一緒に暮らせますように」とでもお祈りしようか。

 

今日は重い話題です。

 

6月24日に船戸結愛ちゃんのアパートに行ってきました。

 

事件の発生は3月2日ですから、随分と遅れて行ったことになります。

でも、「行かなきゃ、行かなきゃ」と思っていました。

 

いまと昔はしつけの概念が違うのは承知していますが、私も暴力のある家庭で育ちましたので、結愛ちゃんの事件は他人事には思えなかったのです。

 

結愛ちゃんが住んでいたアパートには3ヶ月以上経っているのに、生活感が残っていました。

まだ引き払われていないのでしょう。

 

そしていまなおお菓子が供えられていました。

空腹で亡くなった結愛ちゃんにせめてお菓子でも食べさせてあげたいという人がいまもいるのでしょう。

私はそっと花を手向けてきました。

 

さて、双極性障害という病気ですが、先天性なのでしょうか、後天性なのでしょうか、私にはよくわかりません。

 

ただ私の無力感は幼少のころからありました。

父親の暴力や怒りにはどうにもなりません。

おびえる、いいなりになる、ご機嫌をうかがう、いい子になる、泣かない、笑わない、しゃべらない…。自転車の補助輪を外すのも、時計の読み方も体罰と引き換えに覚えました。

 

ここで統計です。

知っていましたか? 先進国と呼ばれる日本では平均して1週間にひとつの幼い命が失われていることを。

一年あたり約50人。

 

命は落とさなかったものの、幼少期に受けた暴力の影響は大人になってからも続きます。

 

結愛ちゃんの死は社会の責任です。

 

民度という言葉は好きではありませんが、乳幼児のウェルビーイングにいま以上に焦点があたり、すべての子どもが安全で幸せな幼少期がすごせるよう、祈らずにはいられません。

 

結愛ちゃん、ごめんね、何もできなくて。

 

私たちは十字架を背負って歩いていきます。