昨年の11月30日に、東京医科歯科大学に救急搬送されて、

まずER室で様々な検査を受けましたが、

その間ずっとバイパップのマスクを着けたままで、

担当医師とのコミュニケーションが難しく、

その先に大きな不安を感じさせるものでした。

 

そして検査終了後に連れていかれたのは、一昨日5月に検査入院した懐かしい11階の個室でした。

そこで、約2か月を過ごすことになりました。

 

入院当初から気管切開手術が前提だったこと、自発呼吸の力がきわめて弱いということ、そして誤嚥性肺炎を回避するために、24時間バイパップのマスクを装着することを義務付けられ、一切の飲食を禁止され、ベッドに縛りつけの生活が始まりました。

栄養摂取は点滴だけ、排泄はオムツとバルーンカテーテル。

それまでの生活から一変しました。

 

また、そのころには左手も、親指と中指を残してほとんど動かなくなり、スマホも使えなくなり、観たいテレビもほとんどなく、当初はラジオすらなく、静まり返った個室で、ただただ白い天井を眺めて過ごしました。

 

バイパップを使った呼吸はタイミングが合わない上に、口が乾いて苦しく、またベッドでは身動きができず、すぐに身体のあちこちが痛くなります。

そして、何よりも、一日何もすることがなく、夜も眠れない日が続き、不安と諦めの感情ばかりが募る一方で、パートナーや母親たちとの感情の縺れと葛藤と闘う日が続きました。

 

入院から手術までの記録を日記風に書いていきます。

 

12月1日木  母親やパートナー、職場の人事担当者らが集められ、主治医から、気管切開手術が必要なこと、人工呼吸器を装着した後、食事などの際に誤嚥するリスクを回避するために声門閉鎖の手術を併せて行うことを勧めること、人工呼吸器装着後は24時間の見守りが必要になることから、適当な施設に入る必要があることなどの説明を受け、みんなが了承。

 

2日金  母親の代わりに親族として、都内にいる妹が対応してくれることになり、10何年かぶりに再会。

 

3日土  母親が大阪に帰る前に病院に立ち寄り、パートナーに対する不信感を口にする。信頼するよう説得。

夕方、パートナーと今後のことを相談。当面は施設に入るが、いずれは自宅に帰りたいことを伝え、彼女も理解してくれる。

 

4日日  夜、一緒に大河ドラマを観ようと彼女を誘ったところ、来てはくれたものの、何故かとても不機嫌で、ほとんど会話なし。

このころから、肺炎がおこり、微熱が続く抗生物質の点滴が追加される。

 

5日月  夜、パートナーが仕事帰りに来てくれる。本当に手術が必要なのかと、泣きながら主治医に食って掛かる。今やらないと手遅れになると説明を受けるも、納得せず。

 

7日火  気管切開手術の担当医師から手術の説明があり、同意書へのサインを求められる。妹が立ち合い、サインしてくれる。手術の日程は、母親の都合により、翌週の木金のどちらかとされる。

 

8日木  手術の担当医師から、手術の日程は翌週の金曜日の午後となったと知らされる。たまたま来てくれた妹に連絡を依頼。

妹とすれ違いに、パートナーの友達の整体師が来て、手術すれば、元の生活には後戻りできなくなるから、考え直せと迫られる。主治医に来てもらい、改めて説明してもらい、理解してもらう。そして、偶然?来てくれたパートナーを一緒に説得してくれて、ようやくパートナーも手術を了承してくれる。ただし、気管切開手術と併せて希望していた胃瘻造設の手術は、今回は行わないことと、親族として妹の協力を得ることが条件。胃瘻造設は、いずれ必要になるのだから、この際に一緒にお願いしようと考えていたものの、せっかく安心して食事が出来るようにと、声を失ってまでも声門閉鎖手術を受けるのだから、口が動く限り、普通の食事をさせてあげたいというパートナーの気持ちに答えるために、今の時点では見送ることに。

 

9日金  気管切開手術についてパートナーの納得が得られたこと、胃瘻造設の希望は取り下げること、手術までの数日間、口から食べたいことを主治医に伝える。

 

12日月  昼から食事開始。食事といっても、ペースト状になった味噌汁とゼリーだけだったが、久しぶりに口から食べることに喜びを感じる。また、生活に少しだけリズムが生まれたように感じる。一方、食事をすれば、口腔ケアと排泄の対応が必要になることに、改めて気付かされる。特に、それまで口腔ケアにはかなり気を遣っていたので、看護師さんにお願いしたものの、みんな忙しく、かなりいい加減にしかやってもらえず。。。

 

13日火  妹が来てくれたので、パートナーに協力して欲しい旨をお願いし、この時点では快く引き受けてくれる。

 

14日水  高校のサッカー部の同窓生で、大学も職場も同じという友達が来て、市川市の施設に入るなら、パートナーに近くに引っ越してもらうよう、自分から進言すると言ってくれる。

 

15日木  午前中に、手術前の身体の清拭。

午後、吉野先生が運営されている施設のスタッフの皆さんが説明に来てくださる。その時点で空き部屋があること。ALSの患者に慣れたスタッフが24時間体制でケアするから安心であること。吉野医院のリハビリのスタッフが、意思伝達もしっかりサポートするなどの説明。一方、市川市から、住所移転は遠慮してほしいと言われていることも聞かされる。

その夜、手術に立ち会うために再度上京した母親と高校の友達、それにパートナーが会って話をするも、市川市への住所変更がなくなったため、パートナーの引越しの件はうやむやに。

そして絶食を宣言されて、夜を迎える。

 

さらにつづく