私は基本的に無能である。
要領は悪く、アドリブは効かず、失語が激しく活舌も悪い。
継続は力なりと知りながら、怠惰な感情に全てを支配されている。
こうなりたい、というふんわりとした望みはあれど、それへ繋がる努力なんぞした事もない。挑戦も。初めの第一歩は怠惰な重力とどうしようもうない虚栄心に負け未だに踏み出せない。
私は基本的に無能である。
絵を上手に描きたかった。足が速くなりたかった。英語を話せるようになりたかった。記憶力に優れたかった。論理的に計画を立て実行できる人になりたかった。その全てに才能が無かった。
しかしそんな私にも才能有る事柄が1つだけあった。それが具体的に何かはここでは書かない。
高校の折に発覚したそれは、その分野において県内で有数になれるレベルの物であり、実際にその域に達した事もあった。怠惰故に指導者からは『センスはあるが努力に欠け、もっと上を目指せるだろうに今そのレベルなのが残念だ』と直接伝えられる始末ではあったが、自他共に認める才能が私は確かにあった。
大学でも続けることは出来たが、その学校に存在する部活内独自の文化があまりにもみっともなく私の美学に反した為、結局高校卒業後今に至るまで1度もやっていない。
基本的に無能である私だが、確かな才能を1つ持っていた。
その経験は種々の事柄に対する才能の有無を今まで以上に私へ実感させる。1つの物差しが出来た分、なんとなく自身は無能だと思い込んでいた頃よりも明確にああ才能がないなこりゃと実感させるに至るわけだ。
けれども不思議と不満は無い。嫌悪感も、ましてや絶望感も無い。きっと私自身がそもそも無能無才能である事を受け入れているからなのだろう。そしてもう1つ。
先の才能ある事柄とは違い、苦手で才能もなかったが努力で克服し、今となっては得意分野の1つとなった事柄があるからだろう。
ほぼ全ての事柄において、私は他者に劣っている。それでも私が絶望することなくのほほんと生きていけるのは、そういった種々の経験に支えられているからなのだろうと思う。あと自分が大好きだから。多分コレが1番大きい。