店長ですよ~ん…久し振りに聞いた 心に響いた良い話…「豊かさの悲劇」聞いたって~ | クリック店長のブログ

店長ですよ~ん…久し振りに聞いた 心に響いた良い話…「豊かさの悲劇」聞いたって~

本日、久し振りに聞いた「私の心に響いた良い良い話」を聞いたって~!


本日の卓話者は ひろ さちや (本名 増原 良彦)様です。


先生は大阪市に生まれ、東京大学 文学部インド哲学科を卒業なされ、NHKで宗教を分りやすく説く 番組なども担当なされ多くの人々の支持を得ていらっしゃいます。


本日のタイトル、「豊かさの悲劇」 以下 先生のお話から


…インドの民話にこんな話があります。


ある、大金持ちが「牛」を99頭を持っていた。しかし、彼は何としても100頭にしたかった。(もう1頭が欲しかった)


彼の幼馴染の貧乏の友人が、牛を1頭飼っていた。

そこで彼は、ボロ ボロの服を着て、幼馴染の家に行って 言ったのです。


「お前は牛を持っていて いいなあ。私は何も持っていない、私を助けてくれないか」と

貧乏の友人は、可哀想にと たった1頭の牛を差し出しました。


気持ちのいい喜びは、たった一晩の喜び…

次は牛を150頭にしたいと、また目標を持つ…アクセク、イライラ、ガツガツと働かなければならない。


一方、牛を差し出した 貧乏な友人は 困っている友人を助けて 人の役に立てたという満足感はいつまでも残るものである。


どちらが幸せなのでしょうか?…


インドに旅行した日本人が、多くの人々が裸足で歩き貧困の生活をしている事に…「可哀想にと、同情してくれる」


しかし、インドの人は言う…貧困は私達の問題だ 私達が解決します。観光客は どうぞ楽しんで下さい。」と


ある貧しい兄弟が居て、しかしパンが一つ しかなかった、あなたなら どうしますか?


A、半分こする (キリスト教に近い考え方)

B、一人が食べて 一人が食べない (イスラム教 ユダヤ教に近い考え方)

C、二人とも 食べない (仏教に近い考え方)


イエスキリストの言葉の中に こんな言葉があるそうです。

「幸いなるかな 貧しき者」


イスラム教の中の話に、こんな話があるそうです。

二人の友人が、砂漠に出かけ 一人は水筒を持って、もう一人は水筒を持って来なかった。


砂漠で いくら喉が渇いても、一人が持って来た 水筒の水を決して もう一方の友人に分けてはならないのです。…水筒を、持って来なかった者…


水筒を持って来た者だけが水を飲む、神が与えたもの者だけが生き延びる。


仏教に置いて、兄が貰ってきたパンを弟と分けるのに…


兄は自分のパンだから、少し 大きめに自分のほうに分けたくなる。


しかし、仏教では まず仏壇(仏様)に パンをお備えして「チン」とならす…これ、すなわち その時点で その所有権が兄の物から仏様の物となるのです。


だから、もう兄は自分の物では無いから 心おきなく 弟と公平に分けられるのです。と


生きてる事が無意味に感じる時、人は権力志向や快楽思考(富、豊かさ だけを求めるよう)になるのです。と


最後に、こんな事も言われました。


仏様の前では、「有り難う御座いました」と拝むのです。決して お願い事したら あかんのです」と


本日は、これまでに致しとうございます。ありがとうございました。


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