長永料理長の一日 :浜の残り香
原案 筆者の経験、カレイヒラメ
15年書き続けたpoemより一部ねたとして転載
今日も長永は布団をたたみ、いつものようにくしで髪をとかしていた。外はまだ、暗い、日の出よりも前。長永は、独身。無言で布団を畳みおえるのだった。時計をみると午前3時だった。江戸川の葛西の料理店で、7年見習いをしたせいか、人情味と威勢がよいのだ。塩気のある海のちかくでアパート暮らして、家具はない。
面倒見の良いおさながは、アパートのことを周りのひとにはコテージとつたえ、たまに、疲れた部下を泊める。そのため押し入れには来客ようの布団を重ねている。部屋の四隅がむきだしに柱を支えている。
今から魚市場に魚をに見にいく。味噌汁のいい匂いのするキッチンからコップをとりだし、水道水を汲んだ。長永は、いがわるく、くすりをのんでいる。そのためだ。天麩羅にしようと魚はきすあなご イカ に決めた。副菜の小鉢は寒ぶりの刺し身にする。玉ねぎのみじん切りを手早く行い、味噌汁に足した。朝ご飯の味噌汁は必ずつくる。酸味の効いた味噌汁をのみ、きょうの市場の仕入れを考える。泊まり客は一組、調理時間45分、物ごとを整理してから市場に出かけていくのだった。宿から長永は顔をだすと、浜風漂空気を澄んだ空気を吸い込む。全身から浴びて勢い良く魚市場へと小田急電鉄のレール沿いを南に移動する。ポケットに折りたたんだぼうしを左手からもちかえ被ると少し頭を下げて礼をした。
長永が魚市場へつく5.50分日の出と始発が動きだす。せりにむけ、泊まり客池田の名前が脳裏をよぎる。それはまさに長永が料理をおしえてもらっていたころ、先輩の名がイケダだった。当時の記憶、ジレンマがよみがえった。道を進む。乾いた空気で歩いたせいか日本茶がのみたくなり側溝のみぞにつまづいたが、怪我はなく血が出た様子もない。砂利道を急ぎ、十字路の角でコンビニで新聞を買った。
スリたての新聞の一面に、料亭うかいの名が並ぶ。それは、長永が葛西で働いて修行していた、やめて、十数年たつが経営は安定していると耳にしている。胸の奥で何かが揺れた倒産、経営者自殺と目にした。普段から魚を卸す仕事柄同情が先にでた長永の心が揺れ、憤りをかんじたがつまづいたあしをかばうことなく市場へむかうのだった。同僚に「おはよう」と、この日初めて声をあげ、セリに向け威勢も兼ねている。同僚の名は立石、立石の電話の音が鳴り響いた。相手は女将「ほんじつの泊り客の池田様が釣りに出かけて釣った魚を卸してほしい、立石君できる?」立石「良いですよ、できます」長永も相槌を打っていた。きょうはこれっきりだな立石、「先に旅館戻って従業員用の温泉に入って昼の懐石までよこになってるよ」。立石は?どうする市場から旅館は1時間かかる、女将に池田様が釣った魚はカレイかわからないというのだが立石はカレイとヒラメの区別が付かないようだと聞かされ微笑んだ。立石が振り返ると長永は空っぽになった市場でひとり新聞を見直していた。
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