:長永料理長の一日
今日も長永は布団をたたみ、いつものようにくしで髪をとかしていた。
外はまだ、暗い、日の出よりも前。
長永は、独身。無言で布団を畳みおえるのだった。時計をみると午前3時
だった。
江戸川の葛西の料理店で、7年見習いをしたせいか、人情味と威勢がよいのだ。
塩気のある海のちかくでアパート暮らして、家具はない。
面倒見の良いチーフシェフ長永は、アパートのことを周りのひとにはコテージとつたえ、たまに、疲れた部下を泊める。そのため押し入れには来客用の布団を重ねている。部屋の四隅がむきだしに柱を支えている。
今から魚市場に魚を見にいく。
味噌汁のいい匂いのするキッチンからコップをとりだし、水道水を汲んだ。
長永は、胃が悪く、くすりを飲んでいる。そのためだ。
天麩羅にしようと魚はきす、あなご、イカに決めた。副菜の小鉢は寒ぶりの刺し身にする。
玉ねぎのみじん切りを手早く行い、味噌汁に足した。朝ご飯の味噌汁は必ずつくる。
酸味の効いた湯気だつ味噌汁をのみ、きょうの市場の仕入れを考える。泊まり客は一組、調理時間45分。
物ごとを整理してから市場に出かけていくのだった。
宿から長永は顔をだすと、浜風漂う澄んだ空気を吸い込む。
全身から浴びて勢い良く魚市場へと小田急電鉄のレール沿いを南に移動、
ポケットに折りたたんだぼうしを左手からもちかえ被ると少し頭を下げて礼をした。
長永が魚市場へつく5:50分、日の出と始発が動きだす。
せりにむけ、泊まり客イケダの名前が脳裏をよぎる。
。
それはまさに長永が料理をおしえてもらっていたころ
先輩の名が池田だった。
当時の記憶、ジレンマがよみがえった。
チーフシェフ池田に習う当時長永は白衣を手洗いし当日の修行に備えていた。池田は、長永が見習いだったころ最初に「味の怖さ」を教えてくれた先輩だった。泊まり客イケダの名を聞いた瞬間、長永の胸に“あの冬の修行”がよみがえった
季節は冬、フグの毒抜きふぐ刺しを習っていた。
池田の包丁の音は、冬の朝の空気よりも澄んでいた。
修業は7年続いた。以来は白衣は手洗いし、威厳のあった池田チーフシェフをそんけいしていた。
道を進む。
側溝のみぞにつまづいたが、怪我はなく血が出た様子もない。
砂利道を急ぎ、十字路の角のコンビニ、新聞を買った。
刷りたての新聞の一面に、料亭うかいの名が並ぶ。
それは、長永が葛西で修行していた頃とは違い
やめて、十数年たつが経営は安定していると耳にしている。
胸の奥で何かが揺れた
倒産、経営者自殺と目にした.。
普段から魚を卸す仕事柄同情が先にでた長永はそれでも心が揺れ、
憤りをかんじた足取りは重く市場へむかうのだった
。
車から降りた同僚の立石に長永は「おはよう」と、この日初めて声をだす。
セリに向け威勢も兼ねている。
市場に入るとキス穴子イカを探した、すると立石の電話の音が鳴り響いた。
相手は女将「ほんじつの泊り客の池田様が釣りに出かけて釣った魚を卸してほしい、立石君できる?」
立石「良いですよ、できます」
長永も相槌を打っていた。
立石はいつも電話の声が少し大きい。
「きょうはこれっきりだな立石、先に旅館戻って従業員用の温泉に入って、昼の懐石までよこになってるよ」。
「立石はどうする?」昼はカレイなら唐揚げ、ヒラメなら造りだ。
女将に池田様は釣った魚はカレイかわからないだというのだが
カレイとヒラメの区別が付かないようだと、聞かされ、立石は
微笑んだ。長永から四つ折りの手拭いを渡された。「立石これで調理場でも磨いといてくれ」
車に向かう立石が振り返ると長永は
空っぽになった静寂な市場で
ひとり新聞をひらり見直していた。
長永自分が働いていればと海馬が震えていた。立石は長永の背中の大きさを改めて感じた。




