(霊的な件について、少々書きました。 苦手な方は閲覧にご注意ください。)

毎年足を運ぶ佐渡 今回で何度目 だろうか・・


今回は、名所といわれる 観光スポットには行かず、裏観光?地へ足を運んだ。
大野亀は日本一のトビシマカンゾウの群生地

そこから 『願』 への 看板を目印に坂道を下っていくと ひなびた漁村がある。
時間の流れが止まった。
そんな感じを受ける。
あえて漁村の旅館を選んだのは、新鮮な海の幸を楽しむため。
今回の旅の目的のひとつだ。
次々と運ばれてくる
見たことがない量 の 海の幸



ギターを持ちこんで、60年代~80年代 の ナツメロ を うたいまくり 夜は静かにふけていく

漁村の夜は 静かだ。 ん・・ なぜ?
旅館の玄関から、歩いて1分で 海に足が着く。
海の向こうは 漆黒の闇
いつも見る 日本海とは 全く違う。
深く そして 悲しい。
『なぜだろう?』
その理由は、翌日、わかった。
静かに朝を迎えた。
海沿いの観光地は、大概 波の音がすがすがしいのだが・・ここは違う。
朝食前に 目的地である
『賽の河原』
に向かった。
このとき、下調べもせずに向かったため、そこがどういうところか わかってはいなかった。

まともにまっすぐ歩くことができない 硬く、刺々しい 海沿いを 歩いた。
どんよりとした空気が あたり一面 を包み込んでいる。
・・途中、小さな洞窟があった。
『近づいてはいけない!』
自分の脳裏に、小さなメッセージ を感じてはいたが 好奇心のまま、崖をのぼって洞窟の前まできた。

・・子供の頃、いろいろと不思議な体験をした。
聞こえないはずの 『声』 を聞いた。
いるはずのない 人たち を 見た。
それが、異常 だとは思わなかった。
だらりと 母親に寄り添うように、古びた着物を着た子供がうなだれていた。
血とドロで、よごれていた。
昔からある、総合病院の待合室だった。
なぜ、そこに親子がいるのか、
俺は母に尋ねた。
『何を言っているの!!』
と
トーンの高い声で怒鳴られた。
何を怒鳴っているのか、 俺にはわからなかった。
そんな 体験は いくつもした。
そんな つまらないことを 断片的に覚えている。
話から脱線したが。。 今はもう、今は子供の頃ほど わからない・・
が
イケナイモノ は わかる。
洞窟から 中を覗いた瞬間、 背筋が凍った。
何かを 祭ってある 祭壇?
(実は、ここが一番 強く、深い悲しみを感じた)
写真は、撮るのは やめた。
『写真は絶対に撮るな』 と、 強くメッセージ が 頭の中に入ってきたからだ。
足早に洞窟から 立ち去った。
・・しばらく歩いて行くと 目的地 『賽の河原』 があった。
実は・・さっきの洞窟から 妙に足が重い。
踏み出す一歩が 重すぎるのだ。
いくつかの 『手』 が、 足にしがみついている。
そんな感じだった。
急に疲れてきた。
・・こういうとき 昔から 背中が痛くなる。
最悪の場合、そのまま 背中が痛い状態で 帰宅ということもある。
残念ながら 俺には、 『それ』 を どうにかする ちからは無い。
ひどい時は、そのまま何年も続いたことがある。

目的地 『賽の河原』 は
“三途の川”の河原の呼び名で、幼くして亡くなった子供達の霊が集まる場所である。
親を残して死んだ=親不孝を報いるために、水子の霊が毎日小石を積み上げた塔を作る。
『ひとつ積んでは父のため。ふたつ積んでは母のため』と・・
夕刻になると
鬼が来てその塔を壊してしまうのだとか。。

重苦しい 感覚 ・・だが 何かが違う。
深く 重く 悲しい ・・
だけ
手を合わせてから 、旅館に戻った。
途中から、重たい足が、 だんだんと軽くなってきた。
旅館に着くと、もうすっかり 体調は元どおりになっていた。
ここは 佐渡の最北端 ・・
そこから 一気に 南の端に向かった。
あの世とこの世をつなぐ道 『世捨小路』 がある宿根木 まで行った。

ここは 心霊スポットでも 何でもない ・・けど
不思議な こまいぬ と
お寺にある 戦争で亡くなった方 の 弾丸のかたちをした 墓石 だけは
妙に忘れられない・・・

あ、そうそう
宿根木に、 どこかで観た場所が ・・
思い出した
映画 『千と千尋の神隠し』 で、 釜爺 が薬草を調合していたところだ・・ (笑)

写真提供 ライダー写真家 唐澤さん