こどもの日
といえばこの歌なのですが・・・![]()
「背くらべ」の歌詞・・・柱のキズは
なんで一昨年?去年ではないの?
思ったことありませんか![]()
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・・・
わかりました![]()
さて、童謡『背くらべ』の歌詞を見ると、柱のキズは「おととしの」5月5日につけたとされているが、何故「昨年」のキズではないのか?と素朴な疑問が生じる。実はこの疑問を解くカギは、作詞者である海野の経歴に隠されていた。
海野 厚(うんの あつし/1896-1925)は、静岡県豊田村曲金(現在の静岡市駿河区)の出身。7人兄弟の長兄。旧制静岡中学卒業後、早稲田大学に入学するため、地元の静岡を離れ一人上京している。
童話雑誌「赤い鳥」に投稿した作品が北原白秋に認められ、海野は童謡作家となった。都会の生活にも慣れ、俳句や童謡の世界に没頭した海野は、病弱だったこともあり、1919年を最後に地元の静岡には帰郷していないという。
弟は元気に暮らしているだろうか?
実家には3人の妹と3人の弟がいた。中でも17歳年下の春樹は、海野にとって特別に可愛い存在だったという。しばらく帰っていない地元で暮らす可愛い弟。もう2年も帰省していないが、弟は大きくなっているだろうか?元気に暮らしているだろうか?そんな切ない思いが童謡『背くらべ』の歌詞に込められているという。
兄弟思いのお話でした![]()

