TLAHOUN GÈSSÈSSÈ:エチオポップ史上、最高のアイドル
トラフン・ゲセセ(表記はCDの解説書に準ずる)は1940年、エチオピアの首都アジスアベバ出身のシンガー・ソングライター。’50後半から活動を始め、おそらく’90年代までエチオピアのトップアイドルとして活躍した。2000年に入って活動は活発なものでなくなり、2009年に糖尿病で鬼籍に入った。と、今、CDの解説書とwiki(英)を参考に書いているが、私はこの人を今から紹介するCDでしか知らない。更に言うと、エチオピアのポップミュージックというものを、このCDで初めて知ったのであった。
ÈTHOPOQUES(シリーズ名)_TLAHOUN GÈSSÈSSÈ
このCDは、(おそらく)2000年頃にフランスのレーベルから”エチオピーク”と銘打たれてシリーズでリリースされ(日付データが見当たらない)、日本ではオルターポップから日本語解説付きで配給された中の1枚。トラフン・ゲセセ全盛期にあたる1970~1975までの音源のベスト盤だ。エチオ・ポップってなんぼのもんじゃい?と試しに購入して、いや、聴いてビッツラした。こんな音楽が世界にあったのか!?と。まずは1曲聴きましょう。
もちろんエチオピアがアフリカにあるということは知っていた。むしろ、人生で一番最初に覚えたアフリカの国だ。それは、東京五輪のマラソン金メダリスト、走る哲人ことアベベの母国として知ったのであった。(*私は幼少の記憶がハッキリしている奇跡のオッサンだ。このエピソードで連想されるほどの歳ではない。)このCD発売時はワールドミュージックブームも一段落し、私は主要なアフロのポップミュージックを、浅くはあるがほぼ網羅したと思いあがっていた。そこへ持ってきて、それまでに聴いたどんなアフロの国とも違う突拍子もないサウンドが、不意に耳に流し込まれたわけだ。そりゃあ、驚いたさ。
彼や同シリーズのエチオ・ポップを聴いた多くの日本人は、日本の民謡歌謡や浪花節歌謡を思い浮かべた、と言う。中には、朝鮮戦争で日本に駐留したエジプト兵が持ち帰った民謡歌謡の影響が大、等とホザいた意見もweb上でみた。でも私の第一印象は違った。エジプトを中心としたアラブポップの影響が色濃いのではないか?と思ったのだ。ただし、私のエジプト音楽に関する知識・情報は、校内球技大会での9番バッターの時の外野守備並みに浅い。その上で推測する。
まず地理的には、エチオピアは古からスーダンを経由して音楽大国エジプトと交易で繋がっている。トラフン・ゲセセの浪花節的なヴォーカルは、アラビアからスーダン、ヌビアにも見られるアフリカ北東部共通のスタイルだ。そもそも、この曲については、世界中の民謡で使用される”ペンタトニックスケール”で徹底して歌われており、そこにコブシを交えると、必然的に世界各国の民謡に共通の感覚が生じる。それがアラブ文化の影響化で起これば、こういう成果物が出来上がることは想定できる。日本から持ち込まれたというのは、あまりに了見が狭いように思う。
ペンタトニックもコブシも、その起源と流れは何人たりとも明言できていないので、当然、私がここでは説明できるものではない。
加えて、この曲のリズムは”ハチロク”だ。6/8拍子の曲は他にも何曲かこのCDにある。エチオポップの特徴だと言っている人もいる。しかしこのハチロクってやつも起源を考え出したやっかいだ。私のハチロクに関する知識・情報はウユニ塩湖並みに浅いが、恥ずかしながら考察してみる。web上でいくらかの人が、”ハチロクはアフロ起源のリズム”等とホザいているが、多分それは違う。アフロの民族音楽にはハネる2拍子のものが多く、ハネているためニュアンスとしてハチロクっぽく聞こえるので、そんな意見が出たのではないかと思う。このCDにあるハチロク曲は全て、明らかにアフロの民謡とはノリが違う。私がこれまでに得た情報から、”ハチロク”はヨーロッパから中南米~西アフリカに、侵略者と共に渡ってきたいくつかのダンス音楽の3拍子が基だと認識している。その3拍子に黒人やインディオのニュアンスが混じることでハチロクは生まれた。もうちょっと言うと、3拍子が2拍子に変化する過程で生まれた。と、以上のような、なかむらとうよう師が唱える説があり、私はとうようガチ勢なのでそれに同意する。
エチオピア、スーダンでハチロクが流行したのは、西アフリカと交易ルートがあったからかもしれない。それがさらに北上してエジプト、更に西進してマグレブまで広まった?マグレブは対岸がヨーロッパだから直輸入かな?知らんけど。
じゃ、次はペンタトニックではない曲を。
いかがでしょう?もうエチオ・ポップが日本から持ち込まれたとは言わせない。少なくともこの曲はアラブ由来でしょう。この独特の音階をギターで拾ってみたら、おそらくアラブ特有の”マカーム・ナワサル”から1音省いたもの、という暫定結論となった。洗練されたアラブ音階から一音省くことで、アラブ・ポップとはちょっと異なる、いい意味で”イナタさ”や”不穏さ”が醸し出ていると感じる。ま、私の音階に関する知識は銃撃された時のトランプの傷並みに浅いので話半分で聞いてくれろ。
ちなみに、この不穏な印象の曲には、しかし娘の婚礼を祝う歌詞が付いている。”不穏さ”の感じ方も国によって(人によって?)違っているようで、面白い。
さて、リズムはハチロクなんだが、この曲に関してはハネる2拍子のニュアンスを感じる。かといってアフロ民謡っぽくはなく、アラブよりも西のマグレブの香ホリがする。ハチロクがアフリカ西部からエチオピア経由でマグレブに至るまでに起こった変化が、逆噴射でエチオピアに渡ってきた?・・・等と妄想をめぐらすもの由。
じゃ、次はまた頭を悩ませる違うタイプの曲を。
ほらみろ、やっぱり日本だろ!という声も聞こえてきそうな曲調だ。この曲は日本の伝統音楽でいうところの都節(みやこぶし)音階で演奏されている。ホーンのリフといい、ギターのカッティングといい、川田晴久が演っていても不思議ではない曲だ。で、間奏部のスキャットはどうだ?かなり粗っぽいアザーンのようで、ここはイスラムっぽい。後、言わんでも判るが、バンド形態は完全の欧米のエレキバンド。辛うじてボンゴかコンガが入っているが、そんなの欧米でも普通に使っている。トータルでファンクやR&Bの影響も色濃い。そう考えると日本の影響ももしかしたらあるのかもしれない。なにしろ、いろんな要素のチャンプルーであることは間違えない、一筋縄では括れない楽しい曲だ。
最後に、またまた違うタイプの曲なんだが・・・
ヴォーカルはさて置き、私は後期のジョイ・ディヴィジョンを連想してしまった。ベースギター固定でその上をピアノが階段コードで移ろってゆくところなどまさに”Closer”。何言ってんの?とか言わずに、ヴォーカルをイアン・カーティスに置き換えて聴いてほしい。いや、本当に面白い人だな。ん?まさかこの曲の歌詞もサウンドからは通常、連想できないものか?で、確認してみたら、彼女に去られ二度会うことができない、トホホ~、といった旨の歌詞だった。この曲は歌詞と曲調がリンクしていた。残念・・・じゃないか・・
以上、とても独特で楽しい音楽だ。このエチオピーク・シリーズは全部で16,7枚リリースされ、私はこれと他に1枚だけ購入している。近々もう1枚も紹介することになるはず(棚の並びしだい)。要するに、面白いとは思ったが、全数網羅するほどではなかったということだ。トラフン・ゲゼゼの作品もこの後、日本でリリースされることはなかったのでは?判らんが。

