登場人物
歯科衛生士クレマチス
クレマチス「数十年前の話・・・
私の母は、専業主婦で
限りなく健康で
物心ついた時から
母が病気で寝ていた記憶はなかった
母は、手先が器用で家事を済ませたあとは
いつも、縫い物や編み物をしていた
私の子供の頃の服はほとんどが
母の手作りだった
ちょっと、自慢!!
あの頃のちっちゃかった私のカーデガンは・・・
今、編み直して
私の大切なマフラーの一つになっている
数十年前・・・
いつも元気だった母が
体調不良を訴えてきた
何となく調子が悪いと言うが
食欲もあり、寝込むほどでもない
いつも通りの生活をしていた
近くの市民病院で簡単な検査を受けた後
【T大学病院】の紹介状を渡されたという
私は・・・
瞬時に『悪性』なんだと思った!
【T大学病院】への受診
入院してからの数か月間
私は、片道約2時間かけて
毎日のように、病院に足を運んだ
なぜなら・・・母は・・・
『末期がん』で
【科学的根拠】に基づいたデータによると
きちんと治療をすれば
《5年生存は約束できる!》・・・・・という
主治医は
何やら小難しいデータを目一杯広げて説明!
【科学的根拠】???
はぁ~? ってな感じで
私が覚えていたのは『5年生存』・・・だけ!
そして・・・
患者、患者の家族が迷う暇もなく
【T大学病院】における・・・
【科学的根拠】に基づいた・・・
【最新式がん治療】が始まった・・・
あまりにも壮絶な【抗がん剤治療】を目の当たりにして
私は、【がん】そのものよりも
【T大学病院】そのものに恐怖を覚えた!!!
私なら・・・
【科学的根拠】に基づいた治療と説明を受けても
絶対に納得しなかった!
でも、あの頃の【がん患者さん】はみんな
自分が【がん】であると告知されぬまま
ひたすら治ると信じて
【科学的根拠】に基づいた【抗がん剤治療】を
受け続けていた
母も・・・・・
泣き言一つ言わず、文句も言わず
ただひたすら頑張っていた
私がお見舞いに行って
数十年経った今も
胸が痛くなるようなエピソードがある
今まで、誰にも言えなかったエピソード・・・
母が亡くなる一週間位前のこと・・・
いつものように病室に訪れた私の顔をじっと見て
母は何か言いたそう・・・
でも、言葉にならない
《もうすぐお別れなんだ》って思ったら
私は、涙が込み上げてきて、こらえるのに必死!
『な~に?』ってやっと聞いたら
ベットの上に置かれていた右手人差し指がちょっと動いた
よく見ると、洗面所の方を指さしている
洗面所を覗いてみたら
歯ブラシ一本がコップに立てかけてあった
『歯磨きしたいの?』って聞いたら
小さくうなずいた
『分かった! じゃあ、クレマチスが磨いてあげるね』
そう言ったら、かすかに首を横にふった
《自分でやる》 目がそう言っていた
だから私は、右手にそっと歯ブラシを
にぎらせてあげたが
母にはすでにもう握る力さえ残っていなかった
手から滑り落ちた歯ブラシを見た瞬間
今まで、ずーっとこらえていたものが
〈プッツン〉
私は、そのまま病室を飛び出し、戻らなかった
帰りの電車は、すごく混んでたけど
ずーっと、下を向いて
〈ボロボロ〉涙が止まらなかった
一週間後
私の誕生日に
母は、逝ってしまった
【末期がん】と診断されてから
約1年後のことだった・・・
後悔していることは、いっぱいある
まず【がん】であると告知できなかったこと
歯科衛生士なのに
きちんと口腔内清掃をしてあげられなかったこと
そして、何よりも後悔していることは・・・
【T大学病院】で
【科学的根拠】に基づいた
【最新式のがん治療】を受け入れてしまったこと
【科学的根拠】を重要視しすぎる治療は
患者さんの心や身体に大きな負担や苦しみ
憎しみを生み出しかねない
とても残酷な【医療行為】だと
私は感じています
次回は、もう少し私自身が冷静で
心がリラックスした状態で
私が医療を遠ざける正直な気持ち
少しずつ書いていきたい
頑張って生きてきた証を残していきたいと思っています
※ 生前の母の口腔内(残存歯数 28本.ブリッジ・義歯なし!)
実家の目の前の海
おしまい。