最近、ご相談を受けたんですけど、こんな内容でした。
「自分は必ずしもその人を好きではないんだけども、相手がすごく自分を好きだから、その想いを無下にも出来ずに悩んでいる」
というもの。
こういう悩みを持つ人って、もしかしたら少なくないのかな?
例えば、誰かと付き合う時に、最初からお互い100の気持ちから始まるパターンって少ないと思うのね。
「何と無く」で始まって、でも相手の色んな面を知って好きになるパターンもあるだろうし、こういう風に、相手の強い押しに負けて付き合うパターンもあると思う。
それはきっと恋愛に限った話だけでなくて、人間関係全般に言えると思う。
苦手意識を持って付き合い始めた人と、気づいたら親友になってる、て事もあるしね笑
でも、そうだな。
例えばそうやって付き合っても、結局どうしても相手に合わせるのが辛かったり、やっぱり苦手だな、て時、あるよね。
この相談では、きっともうそこまでいっちゃってるんじゃないかと思うんだけど。
それはもうね、無理に付き合い続ける必要はないと思うんだよ。
感情って必ずしも等価交換じゃないから、、例えば相手が100の愛を注いでくれるからと言って、こちらも同じ100で返せる訳じゃない。
それを無理に100にしようとして苦しむなら、それはもう縁がなかったんだ、と思って良いと思うんだよね、僕は。
冷たいかも知れない。
でもね、向こうの感情を無下にするのが可哀想だから、て理由で自分の感情を騙したりするのは本末転倒じゃないか?て僕は思うし。
愛が常に等価交換なら、片想いなんて言葉が存在するはずもないしね笑
勿論、相手の愛に応えようと、その人をきちんと見てあげるのはすごく大切な事だし、逆の立場で、絶対に振り向かせてやる!て努力するのもすごく大切。
でも、いつも想いが成就する訳ではないんだよ。
それはね、本当に無理して合わせる必要はないし。
僕、想いっていうのはやっぱり自己満足的なものだと思うんだ。
どれだけその人を想えたか、ていう部分で自分で納得出来るか、出来ないかだと思う。
どれだけ想われたか、てところに価値がある訳じゃないし、そこに価値を置くのは、自己顕示欲でしかないよね。
よくさ、すごくモテる人に限って、「好きな人には振り向いてもらえない」って言ってたりするじゃない?
あれって結構、あるなぁ、と言うか笑
本物だなぁ、て思うんだ、僕は。
ちょっと話がズレてしまったかな?
でもね、結局自分がその人に対して愛を感じられないのなら、相手の愛に応える事は出来ないんだよ。
それを続けるにはかなりの覚悟がいるし、その覚悟がもし出来るなら、それは気づいてないだけでその人の事、かなり大切に想ってると思うよ。
最終的にお互い傷付いたり、嘘を吐くのが嫌なら、そういう関係は終わらせた方が良いと、僕は思います。
Shion


