決断しないことも、決断です。
別れたい気持ちはある。もう違う気がしている。本当は答えも出ている。でも言えない。嫌われたくないから。悪者になりたくないから。傷つけたくないから。そうやって保留にしている人は少なくありません。先日も、何度も同じ相談を受けている方の話になりました。悩みは毎回少し違うように見える。でも根っこは同じ。「本当はどうしたいか」は分かっている。ただ、その先にある責任を引き受けたくない。だから答え探しを続ける。セッションを受ける。本を読む。動画を見る。でも動かない。もちろん怖いと思います。決断には痛みがあります。誰かを傷つけるかもしれない。関係が終わるかもしれない。今までの自分を手放さなければいけないかもしれない。でも。決断しないことは中立ではありません。保留もひとつの選択です。そして保留の代償は、静かに積み上がっていきます。自分は別れようと思っている。でも相手には言わない。期待だけ持たせる。本音は隠したまま。それは本当に優しさでしょうか。もしかしたら、嫌われたくない。責任を負いたくない。悪者になりたくない。そんな自分を守るための選択かもしれません。人生には必ずリミットがあります。いつか考えよう。もう少し様子を見よう。その「もう少し」は、明日かもしれないし、1年後かもしれないし、10年後かもしれない。でも永遠に先送りできることはありません。決断のタイミングを失ったとき、失うのは時間だけではありません。自分への信頼です。あの時分かっていたのに。あの時動けたのに。そうやって少しずつ、自分自身との約束を破っていく。だから私は思います。決断できないのではなく、決断したくないだけなのかもしれない。あなたが今、見て見ぬふりをしていることは何ですか?