政界のシナリオは、財務省の描いたとおりに動いているようだ。
政界のシナリオは、財務省の描いたとおりに動いているようだ。野田総理も輿石幹事長も勝栄二郎にとっては将棋の駒であり、当面の敵である小沢一郎を一歩一歩追い詰めつつある。政治家と官僚が争っても意味が無いのですが、政治家が官僚に丸め込まれてしまうのは、官僚は情報と予算を握っている為だ。しかも財務省の組織は民主党や自民党組織よりも強固でありチームの結束が固い。
万年与党だった自民党政権が続いていた頃は、政治家も官僚を動かせる時もあったのでしょうが、総理も大臣もコロコロ代わるようになって実力者がいなくなり、野田総理や谷垣総裁のようなお坊ちゃん政治家が多くなり、財務官僚の意のままに操られる存在になってしまった。小沢一郎はまだ政治家が実権を持っていた頃の政治家ですが、財務省に睨まれて脱税で首根っこを押さえられてしまった。
政治家を陥れるには国税を動かして金の動きを洗えばどこかしこにボロが出てくる。小沢一郎も鳩山由紀夫もそれでやられましたが、自民党の黄金時代なら指揮権を発動して官僚を抑える事ができた。しかし今はそれも出来なくなった。財務省は予算を握っているから政治家も学者もマスコミも自在に操る事ができる。それを壊すには中央集権体制を壊さなければなりません。
中央集権体制の象徴が財務省なのですが、全国から集めた税金を中央に一括管理して地方に配りますが、それは天下りとセットになっている。そんな事をしているから霞ヶ関官僚の権力は肥大化していって財務事務次官は内閣総理大臣よりも権力を持つところになった。もちろん憲法上は内閣や大臣にありますが、総理も大臣も揃ってバカばかりだから官僚に操られてしまう。
政治家がバカばかりになってしまうのは、選挙制度が悪いからであり、有権者は選挙区の立候補者がどのような人物か知る由が無い。未だにインターネットが選挙期間中は使用が禁止されていますが、現職の国会議員のブログを見ても資質の低さを物語るものが多い。自分で選挙演説の原稿も書けず、国会の答弁も官僚の作文を読み上げるしか能力がない。
これでは大臣になっても所轄官庁を取り仕切るkとができずに、事務次官の言いなりになって動くしかない。三党合意のシナリオも財務省の勝次官が描いたシナリオなのでしょうが、小沢一郎はこのまま葬り去られるのだろうか? 財務省から見れば政権が民主党だろうが自民党だろうが大連立だろうがどうでもいいのであり、誰が総理になろうと財務省の言いなりになる人物しか総理になれない。
それに唯一挑戦しているのが、地方の反乱であり、大阪の橋下徹市長は国家の仕組みを変えるところから政策を訴えている。戦後間もない事は中央集権国家も仕方がない面もありましたが、インフラの整備が進んで国家規模で行なう事業が少なくなり、地域ごとの政治に任せたほうが地域特性を生かせるようになって来た。いわゆる二重行政も問題になっていますが、中央官僚の口出しが地域の政策の邪魔になっている。
地域にしていれば、橋下大阪市長が言うように事細かな事まで中央官僚が口出ししてくる。地方自治は名ばかりであり中央官庁のお伺いを立てないと何事も進まない。天下りの受け皿まで作って中央官庁の統制下に入れようとしていますが、それは財務省が予算を握ってしまって霞ヶ関に言って陳情しなければ予算がもらえない。
橋下市長ばかりでなく名古屋市の河村市長や東京都の石原知事など、地方からの改革を望む声が大きくなって来ていますが、中央の統制を受ける事による無駄な支出が大きくなって来ているからだ。天下りの特殊法人のための事業が多くなり予算がそちらのほうに使われてしまって、本来使われるべき事業に回らない。地方はそれを一番切実に感じているから霞ヶ関改革を訴えているのだ。
万年与党だった自民党政権が続いていた頃は、政治家も官僚を動かせる時もあったのでしょうが、総理も大臣もコロコロ代わるようになって実力者がいなくなり、野田総理や谷垣総裁のようなお坊ちゃん政治家が多くなり、財務官僚の意のままに操られる存在になってしまった。小沢一郎はまだ政治家が実権を持っていた頃の政治家ですが、財務省に睨まれて脱税で首根っこを押さえられてしまった。
政治家を陥れるには国税を動かして金の動きを洗えばどこかしこにボロが出てくる。小沢一郎も鳩山由紀夫もそれでやられましたが、自民党の黄金時代なら指揮権を発動して官僚を抑える事ができた。しかし今はそれも出来なくなった。財務省は予算を握っているから政治家も学者もマスコミも自在に操る事ができる。それを壊すには中央集権体制を壊さなければなりません。
中央集権体制の象徴が財務省なのですが、全国から集めた税金を中央に一括管理して地方に配りますが、それは天下りとセットになっている。そんな事をしているから霞ヶ関官僚の権力は肥大化していって財務事務次官は内閣総理大臣よりも権力を持つところになった。もちろん憲法上は内閣や大臣にありますが、総理も大臣も揃ってバカばかりだから官僚に操られてしまう。
政治家がバカばかりになってしまうのは、選挙制度が悪いからであり、有権者は選挙区の立候補者がどのような人物か知る由が無い。未だにインターネットが選挙期間中は使用が禁止されていますが、現職の国会議員のブログを見ても資質の低さを物語るものが多い。自分で選挙演説の原稿も書けず、国会の答弁も官僚の作文を読み上げるしか能力がない。
これでは大臣になっても所轄官庁を取り仕切るkとができずに、事務次官の言いなりになって動くしかない。三党合意のシナリオも財務省の勝次官が描いたシナリオなのでしょうが、小沢一郎はこのまま葬り去られるのだろうか? 財務省から見れば政権が民主党だろうが自民党だろうが大連立だろうがどうでもいいのであり、誰が総理になろうと財務省の言いなりになる人物しか総理になれない。
それに唯一挑戦しているのが、地方の反乱であり、大阪の橋下徹市長は国家の仕組みを変えるところから政策を訴えている。戦後間もない事は中央集権国家も仕方がない面もありましたが、インフラの整備が進んで国家規模で行なう事業が少なくなり、地域ごとの政治に任せたほうが地域特性を生かせるようになって来た。いわゆる二重行政も問題になっていますが、中央官僚の口出しが地域の政策の邪魔になっている。
地域にしていれば、橋下大阪市長が言うように事細かな事まで中央官僚が口出ししてくる。地方自治は名ばかりであり中央官庁のお伺いを立てないと何事も進まない。天下りの受け皿まで作って中央官庁の統制下に入れようとしていますが、それは財務省が予算を握ってしまって霞ヶ関に言って陳情しなければ予算がもらえない。
橋下市長ばかりでなく名古屋市の河村市長や東京都の石原知事など、地方からの改革を望む声が大きくなって来ていますが、中央の統制を受ける事による無駄な支出が大きくなって来ているからだ。天下りの特殊法人のための事業が多くなり予算がそちらのほうに使われてしまって、本来使われるべき事業に回らない。地方はそれを一番切実に感じているから霞ヶ関改革を訴えているのだ。