「絆」と「痛みを分かち合う」とは何だったのだろうか? | あなたの保険大丈夫ですか?将来の年金支給額知ってますか?直ぐに計算出来ますよ

「絆」と「痛みを分かち合う」とは何だったのだろうか?

震災後に、

「絆」と「痛みを分かち合う」

ってよく聞きましたが、「痛みを分かち合う」って言う意味は、
ただ単に義援金を出す事と言う事なのでしょうか?

これでは沖縄に基地の交付金を出して、基地を押し付けてるのと何ら変わらないとふと考えてしまいます。

本当に痛みを分かち合うのなら基地は本土に分散し痛みを分かち合うべきではないのか?

沖縄が戦争を仕掛けたわけでもないし、沖縄が占領されたのも沖縄のせいでもないはずです。

にも関わらず、基地の7割強は沖縄に押し付け、交付金で押さえ付けている始末です。

瓦礫は痛みを分かち合うなら日本全国での広域処理が妥当と言う事に成ります。

正し放射能汚染されていない安全な瓦礫と言う条件になるのだが…。
ただ安全な瓦礫の判断があの政府の基準なら信用できない…
全ての情報を出さずに、都合の悪いものは隠蔽すると言う体質だからです。

本来、民主主義と言うのなら反対派には時間をかけてでも話し合い、説得すべきである。

その上で住民投票で判断すると言うのが本来の民主主義と思うのだが…

しかし、民主党政権は震災後、あれだけ法律を無視して、これぐらいなら基準を超えていても安全だなの、農作物については風評被害だの支離滅裂な判断を繰り広げてきたにも関わらず、

今回は野田総理は法律に基づいて、地方自治体に瓦礫を受け入れる様に要求した。

もうメチャクチャだ

今一度、全ての情報をさらけ出して、国民に問うべきである。

日本の国民は政府や政治家が思っているほどバカではない。