ルールとその変更手続き・・・人の命に関係することをどこまでゆるめることができるか? | あなたの保険大丈夫ですか?将来の年金支給額知ってますか?直ぐに計算出来ますよ

ルールとその変更手続き・・・人の命に関係することをどこまでゆるめることができるか?

ルールとその変更手続き・・・人の命に関係することをどこまでゆるめることができるか?

放射線被曝と人体の関係は研究が遅れていて、このブログに再三、記載しているように1年100ミリシーベルト以下は医学的には不明です。このようなケースは環境汚染ではこれまでの多く、その場合の考え方はすでに「予防原則」ということで決定しています。つまり、

1) 学問的に決定できない場合は合意を持って決定する、

2) 学問的に決定できない場合は安全サイドで決定してよい、と思います。

● 種々の法律や規則によって例えばセシウム137の場合、その放射線が1キロあたり1万ベクレルを超えた場合には「放射性物質」として特別に扱う必要がありますが、それを超えていても「知らない顔」をしたり「問題ない」として何かの不作為(取り除いたりしないこと)ができないと考えるのが常識でしょう。

● マスコミなどやや公的な情報発信の人たちが、「法律」に触れずに「自分の考え」だけを言うことが許されるかも言論の自由との関係で整理が必要でしょう。たとえば、マスコミは今でも公的には「1年1ミリシーベルトが法律で定まっている」という表現をとっていません。私の感じでは、ある高速道路の速度制限が80キロでも、そこにプロのドライバーを登場させ、「このような道路では120キロで走っても問題は無い」と言うことだけを放送しているような気がします。

● 福島原発の事故の後、「平常時」とか「非常時」という言葉が出てきて、「東電は普通の人間と違う(これまで議員さんにお金を配ったり、巨大な会社だから)ので、ヘマをしても非常時として優遇する」という見られます。たとえば、今は福島原発境界は1年0.05ミリシーベルトを遙かに超えていますが、それは不問に付されています。それどころか食品の暫定基準の議論でも「普通の人がヘマをしても法律を守らなければならないが、東電は守らなくても良い」という趣旨の発言が専門家からでています。これは日本国憲法が定める「法の下の平等」に反するのではないかと考えられます。

● 東電は「除染はしないが、被害がでたら補償する」と言っていますが、法律的に障害を起こすことが予想される時、その状態を放置しておいて、それによって損害が発生したらその時にはお金を出すという言動は許されていません。たとえば、過失で火事を起こし、それを放置して「やけどをした人がでたら補償する」といって火事を消さないようなことです。

・・・・・・・・・

これらのことは除染を遅らせたり、食材の汚染を促進したり、被曝を増やしたりする原因になっています。従って、法律の遵守、社会的な約束の重視、それらの改訂手続きのルールなどについて、日本社会がもっとハッキリとした論理で進む必要があると考えられます。

中部大学武田邦彦
(平成23年9月10日)