おはようございます。
こちらはひと晩じゅう雨が降りました。季節外れの風邪で喉がやられて、なかなか眠れませんでした。
カミュ『ペスト』を読み進めています。
パヌルー神父の言葉
「みなさんを苦しめているこの災禍そのものが、皆さんを高め、道を示してくれるのであります」
最悪の事態を想定しないと、今の幸せや普段の怠惰を省みることができないというのは、確かにあると思います。
震災や災害などを見聞きした経験からも、気持ちに心当たりがあります。
逆に災禍に遭わないと無理ということなのでしょうか?
私が思い浮かぶのは、個人レベルでいうと、一度沁み付いた慣習がなかなか解消することができないことです。
自分の心の中の思い込みが自分をがんじがらめにしている側面があります。
よく、自分が変わらなければ周囲も変わらないと言います。
それは本当にその通りで、自分の態度を変えた瞬間に相手の態度がゴロっと変わることがよくあります。
パヌルー神父が説いているのは、単に週末に教会に通うとか、型通りにしていれば罪が救済されるという安易な考え方に染まっている日常を、神は許さなかったということだと私は理解しました。
普段から常に心に神を持つというのは、どういうことなのでしょう?
この小説に登場する人物で、パヌルー神父とその周辺の人しか神を信じる人は出てきません。
どちらかというと、ペストと言う変則的な、しかも甚大な災禍を前に、主要な登場人物の動きを淡々と描いています。これまでの習慣をますます強固に固持する人もいれば、早く死を望む人もいれば、特別警戒態勢にワクワクする人もいます。
これから後半ですが、ペストという災禍は人を高め、道を示してくれるのでしょうか。
なかなか大変な小説ですね・・・。
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