おはようございます。

いろいろなことでおしりに火がついている朝です。

 

今日は荒井一博著『自由だけではなぜいけないのか』第2章の続きです。自分が職業上、人の絆をどのように表現するかという目先の課題があり、この書籍が「人の絆がどのように壊されてきたのか」を経済学と文化の視点で書かれている内容という事で読み進めています。


今日は、新古典派経済学の構造と基本的な主張が中心です。

 

<新古典派経済学の消費者>

〇消費者の最適化行動

各消費者は第一にその「初期保有量(当初持っている資源の量)」、第二にその「嗜好」によって特徴づけられる。消費者はその一部を市場に供給して他の財を購入するが、消費者間には初期保有量や嗜好に相違があり、嗜好には各消費者の個性が表れる。

現在の消費者のほとんどは労働を企業などに供給することによって賃金所得を得ている。労働者は所得を使って消費や投資を行う。

 

〇効用関数(※本著に関数式が載っていないため、式やグラフは割愛します)

状態A リンゴ10個 バナナ4本の消費 1時間の労働 

状態B リンゴ7個、バナナ8本の消費 1.5時間の労働

この人にとってAの効用が5でBの効用が3であればこの人はAをBより好むことに。

効用関数=通常消費する各財の数量と供給する労働量の関数になっている。

この関数の値が大きくなるような消費と労働供給が、考察対象とする消費者にとって好ましいように関数を決める。

一般に個人間には嗜好の相違があるので、個々の消費者の効用関数は異なる。

消費者は予算の範囲内で自己の満足を最大化するように、独立して消費・労働供給・投資などの意思決定をする経済主体である。とみなす。

※個々の消費者の効用関数がどのように決定されるのかを議論せず、各消費者の嗜好が議論を展開する前から与えられていて変化しない(嗜好は所与かつ不変である)と仮定する 

 

<新古典派経済学の企業>

〇生産関数

ケーキ製造者が小麦粉、牛乳、労働、電気などを投入し、ケーキという生産物をアウトプットする。あるいは米作農家が種、労働、肥料、燃料などを変換して、投入した種より多くの米を生産する。これらの変換を表現するのに用いられる関数。

※各企業がその技術をどのように獲得するのかを議論せず、生産関数が与えられていて変化しないと仮定する 

 

<新古典派経済学の市場>

・新古典派経済学では、各市場では、そこで取引される財の需要量と供給量とが等しくなるように価格が決まると考える。

・需給が等しくなる状態が「均衡」。その時の価格が「均衡価格」。

・市場の均衡価格に対応して、消費財の需要量と労働供給量と賃金の需給量などが決まる。

・消費者は予算制約のもとで満足度(効用関数)を最大化し、企業は技術制約(生産関数)の下で利潤を最大化する。

・すべての市場の需給が同時に均衡したときの資源配分(各経済主体の各財の需要量と供給量)と各財の価格の組を「競争均衡」という。

競争均衡には、「効率的(パレート最適)」という性質がある。この特性を「厚生経済学の第一命題」という。これこそが新自由主義や至上主義のよりどころになっている命題。すべての消費者と企業が自己利益を追求して自由に行動すれば、効率的な状態が実現すると主張できるから。

 

<経済学の指す「効率性」>

効率性とは、考察している社会や集団において、所与の資源を無駄なく使用して、それ以上事態を改善する余地がない状態を意味する。(「パレート最適」「パレート効率的」と呼ばれる)

・ここで注意すべきことは、効率性に関する「良化」「満足度」が、関係する個人の主観に基づいて判断されるにすぎず、完全に個人的・主観的な好き嫌いが問題とされている。

 

<効率性と公平性>

効率性は公平性と無関係な概念。手持ちの賃金資産や能力の少ない消費者は、競争均衡において貧しい生活しかできない。ある状態が効率的だからといって公平とは限らない。社会や集団の中でほんの一部の人間が大部分の消費を行う状態も効率的でありえる。米国や日本で所得格差が拡大したが、新自由主義や新古典派経済学には所得格差を問題視する理論がないため当然の結果ともいえる。

 

<新自由主義とは何か>

〇『新自由主義』デヴィッド・ハーヴェイの定義

“新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の自由とその能力とが無制限に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである。”

 

新自由主義は最大限の自由を正当化する新古典派経済学の思想と基本的に同一だが、実践や政策を重視する点に特徴のある思想であるとみなせる。

新自由主義にとって、市場で起こることはすべて正しいとみなされる。それだけでなく、人間の生存のすべてを市場に任せることが理想とされる。新自由主義は新古典派経済学を基礎として、その考え方を徹底した思想に他ならない。

 

 

いやあ、難しいですね。

あんま面白くないけど、次回以降の理解に影響するのかと思い、まとめてみました。

次回からは、新古典派経済学が現実社会にどのような問題を引き起こしているのか、我々はどのように対応すべきかを検討してみる章立てです。

 

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