■こんにちは片桐です。
先日は大阪に行ってきまして、有意義な食事とともに
また新たな業務の話も進み。
勢いづき東京へ帰ってきました。
そこでメールマガジンの形態を以前のパターンのほうが
良いという意見が多く、また以前のパターンに戻して
いきますね。
以外というか編集後記を好きな人が多く
その場所に長々と文章が書いてあるよりは近況報告
のほうがいいんだよね。
という意見よりまた新たに戻しつつ進化させていきたいと
思います。
ある倒産スレスレでありどうするべきか悩み中でも
進んでいる。こんな方のストーリーを本日より何回かに
かけて書いていきたいと思います。
私が倒産しその後少しの間コンサルタントとして始めた
ころに出会った方なのですが、その当時、2億ぐらいの負債
を抱えていた、住宅関連の会社様でした。ちょうど私と同じ
ような感じの流れではあったのですが
少しだけスタートが違うのが
自分で会社を興したというよりは親の代から既にスタート
していて嫌々社長になったような感じの方なんです。
そして引き継いだときにはすでにあまりおいしいところも
なく何となく経営をしてきました。それでもまだまだ借り入れ
もできる会社でして社員さんも数10名をいましたので、
わきあいあいと楽しく過ごしていたという感じの会社です。
ですが、元々営業をしてきたという人間でもなく何となく
社長になってしまったので、あまりうまくいかなかったのか
社員は少しづつ減っていき、数名をひきつれての独立なども
あったわけです。
そんなときに出会ったんですが
先ほども書きましたがその時点で2億程の負債ですが
事務所なども、借りているわけではなく自社ビルのような
形であり、まだ借り入れる余力はある状態でした。
そこでまずは借り入れをまとめ、新たに資金を借り入れ
会社の体制を立て直すという方向になったわけです。
ここで体制を立て直し新たな方向に進んでいればよかった
のですが、結局は今までと同じ道を歩んでしまい
今までどおりに新聞広告を入れまたあらたに社員をいれ
同じ事を繰り返してしまいました。それでも億単位の
借り入れが可能だったのでなんだかんだで3年ほどは長生き
できる体制があったんです。
私はそのころはそこまで知っているわけではなかったので
同じ体制であっても頑張って仕事をしているんだなーーー
としか思っていませんでしたが
実際にはただお金を食いつぶしていただけの事でした。
そして今に至りピンチはどんどん大きく苦しい状態に
なっていくわけです。
続きは次回
そして
編集後記
はメルマガのほうで見てみてね。
http://www.mag2.com/m/0000139065.html