「遠山の目付け」という言葉をご存知でしょうか。
主に剣道で使われる言葉で、試合相手を視る方法を語ったものです。
ブログ記事:『よく視るためには「そらし目」を使う』
では、
対象をじっと視てしまうことの落とし穴に触れました。
そこでは、もっぱら眼球という臓器の構造だけに着目し、
脳神経系や認知の仕組みは織り込みませんでした。
しかし、認知科学の面から考えた場合、上とはまた別なレベルで、
じっと注目することには落とし穴があると言えるかもしれません。
人間の視覚システムには、中央視と周辺視という特性が異なる二つのものがあります。
ここでいう中央視とは、視野中心から視野角25度ぐらいの範囲のことで、周辺視はその外側です。
(前のそらし目の記事では、網膜で中心窩に対応して色覚の違いにvividに反応する部分がある、
と述べましたが、その範囲は視野角2度程度で、ここでいう中央視よりは狭い部分の話です。
視野角25度は月や太陽の50個分。
星空ですばるやアンドロメダ星雲を視るのに月何個分もそらしてしまうと見失いますね。)
概して、
中央視が得意:文字や記号、色、物の構造の知覚、部分をよく視ること
周辺視が得意:ものの位置関係、動きや変化の知覚、全体を視ること
という違いがあります。
こうした違いは、そらし目の記事で述べたような、感覚器での光への感受性とは明らかに異なる話です。
たとえば文字を強いコントラストで周辺視に与えたからといって、
中心視で見た時と同じように文章が読みやすくなるわけではないでしょう。
実際のところ、中央視と周辺視では脳の違う部位で処理されていることがわかっています。
さて、遠山の目付という剣道の言葉のことを考えてみましょう。
これは試合相手のことをじっと見つめないで、
遠くの山を見るようにぼんやりみなさいという教えです。
しばしば、周辺視で視ることに例えられています。
じっと中心視で相手を見てしまうと、小手や剣先の動きに眼がつられ、
分割還元できない総体(whole、全体、ゲシュタルト)としての相手が見えなくなってしまうのです。
人を見るときには、とりわけその人全体をあまねく見るときには、周辺視を活用してみましょう。