科学のために科学を科学的に笑うべし -10ページ目

科学のために科学を科学的に笑うべし

論理はわが友 されど笑いはさらなる友

下の写真には、とある不自然さがあります。



どこがだかおわかりでしょうか?



ヒントを差し上げるとすると、おひさまが左、上、画面手前側から射しています。

物体の影は、右、下、画面奥方向にできるでしょう。影の方を基準にすれば、おひさまを遮った対応物体が左、上、画面手前側に存在するはずです。



World Press Photo(世界報道写真展)は、10万点の応募作品からコンテストで出展物を選ぶ世界最大規模の写真展です。60年の歴史を持ち、世界各国を回る展覧会での総入場者は200万人にも及ぶそうです。展覧会はもちろん日本でも開かれます。

さて、その写真展の今年の応募作のうち、とある理由で失格したものが22点あるそうです。これは一種の危機ととらえられ、授賞式の日に審査員や報道カメラマンを集めて公開の討論会が開かれました。一体何が起きたのでしょうか。

詳細は以下にレポートされています(英語)

Current Industry Standards in Post-Processing
http://www.worldpressphoto.org/news/2015-05-01/awards-days-discussion-recap-current-industry-standards-post-processing

報道写真のPost-Processingつまり、フォトショップでチョイチョイする後処理が問題になったのです。対象物に絵画のように手を入れて、時にはコラージュ(切り貼り)をして応募していたというわけです。改めて強調しますが、報道写真展で、です。

今の時代、ほとんどあらゆる種類の写真には、必ず一定の後処理が行われています。そもそもカメラのシャッターを押したとき、画面に出てくるのは、もうCCD(受光素子)からのデータをそのまま出しているわけではありません。色を強調したり、明るさを調整したりがされています。というよりも、「このくらいの電圧(昔なら銀イオンの還元具合)が観測された時の色はこの色」という設定(RAW現像)がなければ、写真というのはそもそも成立しないのです。この設定は通常メーカーの人間の指示によりなされていて、ユーザーが気がつかないというだけです。

元々写真という発想からして、物体から特定の方向にたまたま反射してきた電磁波のある波長の部分を特定の重みづけとフィルターによって取り出すという、真を写すという名前からはとても遠い種類のものです。

そうしたことを改めて思い出すならば、
報道写真が実はだったとしても別にいいんじゃね?
という立場もあるかもしれません。でも私はそういう立場ではありません。絵だろうが写真だろうが、bitの列としては見ていないので、対象物のゲシュタルトを変えられてしまえば、私自身のゲシュタルトが崩壊してしまいます。

もっとも、今の時代、ありとあらゆる種類の写真は、絵として扱われて手を入れられています。宣伝はもちろん、雑誌や新聞の写真もいじられていますし、普通の写真コンテストの出品時にも、どのように"現像"したりトリミングしたりするのかも大きな技術ポイントの一つです(銀塩の時代から)。報道コンテストだけ特別扱いするのも、もう無理かもしれません。


その討論会に出てきた例を示しましょう。
(コンテストへの実際の応募作品ではありません。問題になった例を元に、主催者側が討論の材料として制作したものです。)

最初はとてもわかりやすいでしょう。

どちらがオリジナルで、どちらが手をいれたものかわかるでしょうか?


次は物体の一部を影のようにして隠した例です。

画面中央付近でまちがい探しをしてみてください。


次は、討論会でスクリーンに投影されたものを、さらに撮影したものなのでわかりにくく、解説が必要でしょう。

赤丸のぶぶんにタバコの吸殻が落ちていたのが消され、指で示している部分のゴミがきれいに掃除されてました。


次は、明るさの調整です。

ビル全体が隠されてしまっています。


お待ちかね、冒頭の例です。

何かが消されたのが明白でしょう。影が残っているために明白ですが、影も消されていたらどうだったでしょうか?


これも間違い探しです。

画面右端、左端、2箇所で何か小さいものを探してください。

これは議論の余地がある例です。
カラーで撮影したものを白黒にするのはよくあることです。意図的に白黒にして印象を変えることもありますが、そもそも印刷対象が白黒の新聞だったり雑誌だったりするのはごく普通にあることでしょう。

しかし、カラーのオリジナルの方の左のやぎ(?)の背中の黒っぽい所にわらくずがたかっている様子に注目してみてください。白黒にしてさらに明度を落とすと隠れてしまいました。やぎと藁以外の周囲の物体もすっかり隠されてしまっています。
これらは果たして「同じ」写真、真を写した、あるいは事実の報道、といっていいのでしょうか?