言葉が気持ちを隠す事があります

「~~は、いい事でしょうか?それとも悪い事でしょうか?」

この問いかけの本心は
いい事か悪い事か知りたい訳ではありません

どちらかわからない訳でもありません

どちらかもわからない事ならハナから気に止めません


いい事か悪い事かは、既に本人の中で答えが出ています


では、何故聞くの?

本人が「いい事」と思っている事については
子供が拾ったお金を交番に届けた!と報告する時の様に
自分の善行を認めて欲しい


本人が「悪い事」と思っている事を敢えて聞かせるのは

罪悪感・嫌悪感

自分ならずも、誰かの悪行について裁きたい時
自分の中にはこれっぽっちもそんな行動をとりたい気持ちはあり得ない!

と、思いたい。。。。

人に矛先を向けることで自分を守りたい

でも、いいか悪いかを尋ね
あなたの言うとおり悪いことだよと答えられてもスッキリはしない
共に裁くメンバーを募った所で、スッキリはしない

結局自分の中にある
罪悪感を抱くきっかけ、嫌悪の元から抜け出せない

本心は、解放されたい
自由になりたい



あなたの声を受け取って
心の自由はいつでも手を広げて待っています



自分を知らないうちはまだ何も始まらない
自分らしさに気付き、受け入れ、活かした時、運命の輪が動き出す!
ライフファシリテーターたけむら弘子

8月までのセッションモニター受付中

この機会にどうぞ


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