PINKY創刊3周年だそうです。3年前の2004年の夏、わたしは大阪の桜川にある商社に派遣で行っていました。遠かったけど、電車で行けば乗り換え一回だし、桜川ってキレイな名前だと思って(笑)川なんてなかったけど。
職場では社員や他の派遣の人ともあまり馴染めず、それにあまりの忙しさで内容も精神的にキツイ仕事でした。
あの時のわたしの心の支えは、昼休みに行く(みんなは昼ごはんもとらず仕事してたけど、それは派遣の契約時に昼休みは1時間とれるとの約束だったので、「決まりなんだからいいでしょ」って無理やり一人で行ってました 笑
)近所のおいしいうどん屋さんでホッとすることと、会社に戻る前にコンビニで、当時ハマってた鈴木えみちゃんの載ってる雑誌を立ち読みして行くこと。
そんなことで・・・って感じだけど、それしかなかった。なんか孤独だった。堀江やなんばが近いから仕事帰りに寄れるかと思ってたのに、結局一度も行けてないし。「もうすぐえみちゃんが看板モデルのPINKYが出るし!それを励みにがんばろう!」みたいな。。だから、毎年PINKYが○周年って聞くと、「あぁ、あれからまた○年が過ぎたんだな」って思う。
会社はキライだったけど、桜川周辺を思い出すと今も少しなつかしい。
よくうろうろ歩いたし、なんかね、やってるのかわからない中華料理屋とか結構あっておもしろかった。ふらりと入った喫茶店のママさんに気に入ってもらえて、何度かランチを食べに行った。一人でお店を切り盛りしてる、小柄なかわいい、優しいママさんだった。色んなこと話したりもして、契約終了の日は連絡先を交換しました。元気かな?今でもたまに思います。いつかまた会いに行けるといいなぁ、と思いつつなかなか行けることもなく。。
あの辺はなんとなく好きだったかもしれない。古びてるけど静かで、一人で歩くのが気分良かった。
あの頃は、無理やりがんばってた。仕事仕事って必死だった。でもあの頃のわたしは弱くて、銀行やめた頃からすでに結構まいってたのね、今思えば。怒鳴られたり傷つけられたらまともに受けてた。今でもまだ強くはないけど、どうすればいいかはわかる。
時には臨機応変に、鈍感になれることも身につけないとね。全部まともに受けてたらそりゃあ、ストレスたまるよね。不必要なものはポイッってその都度捨てていかないと。わたし、今だに胸に石がゴロゴロしてるらしいのね。傷ついた時にできた石が。早く捨てて、身軽になんなきゃ
昨日テレビでお坊さんが、「一日が一生」って言ってました。今日会う人すべて初めて会うんだと思えば、昨日ケンカしてても腹が立たないって。ひきずってちゃダメってことですね。なんかの教えの言葉でも「今日一日は」とか「今日だけは」とか、よく言いますもんね。わたしもそういう風に生きていかなきゃなぁ、って思いました。
2003~2005年。思い返すとつらいことが多かった時期。友達の中で、誰より早く就職して、まだ20歳って頃から色んなこと経験した。でもあの時期があったから、学びがあって、今がある。ずっと過去を悔やんでいたけど、もう過去にばかりとらわれるのは卒業しないと。ぜんぶあって良かったことなんだって、少しずつだけど思えるようになった。でももう、つらかった出来事はすべて私の中から離していく。
やっと出口が見えてきたのにぐずぐずしてるところもあるまだまだ未熟なわたしですが、どんどん磨かれて大人になっていきたいです