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「くたばれ!」
入江さんの拳が風よりも早く、石森くんの頬をとらえる。
石「くっ!」
石森くんが顔を歪めて、姿勢を崩した。
 
加「何、ちんたらやってんだよ?入江よぉ!」
 
加賀見さんがいつの間にか石森くんの横に立ち、バットを振り上げている。
 
「石森くん!危ない!」石「!?」
 
石森くんの反応が一瞬、遅れた。加賀見さんはその隙を見逃さず、石森くんのわき腹にバットを叩き込んだ。
石「○○……。逃げて……」
石森くんが口の端に血をにじませて、そのまま地面に突っ伏してしまった。
 
「ここまでやる必要はねぇだろうが」加「俺に意見するのか?入江」「だったら、なんだっつうんだよ?大将さんよぉ」
 
入江さんが負けじと加賀見さんに、ガンを飛ばしている。
「石森くん!しっかりして!」
私が石森くんに駆け寄ったその時、加賀見さんが私の腕をすくうように握りしめた。
「……!?」
私が驚いて言葉を失っていると、加賀見さんが周囲で様子を見ていた黒崎の不良達を呼びつけた。
 
加「この女、連れてけ。吉良と高柳を釣るエサにすんぞ」
 
次の瞬間、お腹に鈍い衝撃を受けて、私は意識が途切れてしまった。
 
「そんな汚ねぇ手、使わなくてもいいだろうが!」
 
目を見開いた入江さんの顔と、地面に突っ伏している石森くんの背中が夢に落ちるように消えていってしまう。暗い闇の中へ、意識が吸い込まれていく。
(……入江さん。私、どうなっちゃうの?)
「入江さんの叫ぶような声が聞こえ、そのまま意識がプツリと途切れてしまった。
 
 
3話終了
 
 
 
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(入江さん……)
そして、それから何も言わずに、入江さんはホームに入ってきた電車に乗り込んでしまった。電車のガラスに映る入江さんの背中が、少しずつ小さくなっていく。
(まだ、逢ってから間もないのに……)(何回もこうやって、小さくなる背中を見送った気がする)
 
石「俺達も帰ろうか?」「……うん」
 
私と石森くんは肩を並べて、白浜駅を後にした。
翌日も、その翌日も黒崎の不良達は白浜へとやってきた。吉良くんと大地くんは、事態が収集するまで自宅謹慎するよう、桑田先生に言い渡された。
 
「このまま落ち着いていくかな?」石「どうかな?黒崎がそんな簡単に引き下がるとは思えないんだよね」
 
吉良くんと大地くんが自宅謹慎してから数日経っても、私は相変わらず石森くんに帰り道を付き添ってもらっていた。
(入江さん……。今日は逢えるかな)
石森くんの横で、私はキョロキョロと辺りを見回した。
「……」「……!」
通りの向こうに立つ入江さんと、私の視線が交錯した。
 
石「○○は、入江のこと。好き?」
 
石森くんが私の顔も見ずに、そう言った。
「ええっ!?いや……その」
自分でも可笑しくなるくらい、私は狼狽してしまった。
 
石「冗談。○○のそういうとこ、ホント可愛いよね」「……もう」
 
(私……入江さんのこと……本当はどう思ってるんだろう?)
嘘のつけない胸に、私は問いかける。
 
<選択肢>
 
A.気にならない
B.分からない
○C.気になる
 
 
(やっぱり……気になってるよね)
入江さんと出逢ってから、そして何度か会話をする間に、知らず知らずのうちに入江さんのことを考えている自分がいた。
(私……)
眠れない夜や、お風呂の中でくつろいでいる時、自然と入江さんの姿が脳裏に浮かんでは消えていた。
「……ちょっといいか?」
気が付けば、入江さんが目の前に立っていた。
「……!……は、はい」
私は戸惑いながらも頷いた。
(入江さんのことを考えている最中に……呼び止められるなんて)
 
「雲行きがやばくなってきたからよ。早く家に帰れ」「えっ?な、何があったんですか!?」
 
私が尋ねても、入江さんはただ首を横に振るだけだった。
 
「詳しく話してる時間はねぇ。急げ」
 
すると、背後から砂を踏み締める音が聞こえてきた。
 
「……!?」加「最近こっちのヤツらと親しくしてるらしいじゃねぇか」
 
私と石森くんを取り囲むように、黒崎の不良達が少しずつ近付いてくる。
 
加「まぁ、いい。こいつ、潰せよ。入江」
 
加賀見さんが恐ろしい笑みを浮かべ、石森くんを貫くように見ている。
「俺に指図するんじゃねぇ」
入江さんは加賀見さんをキッと睨みつけ、そのまま動こうとしなかった。
 
加「なんだ?やれねぇってのか?黒崎を裏切るつもりか?入江」「ああ?やりゃいいんだろ?見てろよ。大将さんよ」石「○○。下がってて」
 
石森くんがその声と共に、入江さんに向かって駆け出した。
「石森くん!」「おらぁ!」
入江さんと石森くんの拳が激しく交錯し、お互いの頬を打った。
「そんなもんか!石森ぃ!」
入江さんは石森くんの襟首を掴むと、草むらの方へともつれるように引きずっていった。
「良く聞け……」
入江さんが周囲に聞こえないように、小声で石森くんに話しかけた。
 
「俺がやられっと、周囲の奴が一斉にお前と女を襲う」石「……頭がいいね。黒崎は」「適当に俺の拳を2・3発受けて転がれ。後は、俺が誤魔化すからよ」石「痛いのは苦手だけど……選択肢はないか」
 
石森くんと入江さんは一瞬、視線を合わせると、同時に距離を取った
 
続く
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「そんな、悪いですよ」「まぁ。アンタんとこにうちのヤツらが迷惑かけてるしな。別に100円で恩売る訳じゃねぇけど」
 
結局、入江さんは包みを私に無理矢理持たせてしまった。
 
「あ、ありがとうございます……」「かてーだろ?その返事は」「あ……はい。すみません」「今はうちの連中が黒崎に戻ってるからいいけどよ」
 
入江さんがふいに真剣な表情になった。
 
「……はい」「黒崎と白浜が緊張状態だから、気安く俺に声かけんなよ。これからは……」
 
入江さんが少し辛そうに瞳を閉じた。
(さっきまで、私達の間に壁なんて無いって思えていたのに……)(今は見えない壁が立ち塞がっている気がする)
私はふいに視線を落とした。
 
「わりーな。こんなことしか言えなくて」
 
入江さんが少しだけ寂しそうに、眉をひそめた。
(すごく楽しく過ごしてたから、忘れてたけど……)(黒崎と白浜って今、大変な状況なんだよね……)(入江さんと過ごした時間も……きっとすごく特別なことなんだ……)
私は入江さんの澄んだ瞳を、そっと見上げた。入江さんは私の想いを受け取ったかのように、そっと瞳を伏せた。
石「終わった?プチデート」「!?」
気が付けば、石森くんが並木道の入口に立っていた。私と入江さんは一瞬、顔を見合わせて石森くんを見つめた。
 
石「なんかいい雰囲気だったから。邪魔するのもどうかと思ってね。……これ、春子から」
 
石森くんが“美容室春子”の割引チケットを入江さんに渡した。
 
石「春子がね、“あのお兄さんの髪は赤の方がいいんじゃないかしら”ってさ」「ぜってー、行かねぇ」
 
入江さんの不安そうな顔を見て、私と石森くんは同時に笑い出してしまった。それから私達は、3人並んで白浜駅へと向かった。
 
石「入江は気安く声をかけるなって言うけどさ。別に入江と衝突してる訳じゃないから」「これからも普段通りに接するよ。ね?」
 
私達は白浜駅で、夕陽を背に受けて線路の向こうを見ている入江さんと、しばらくの間、言葉を交わしていた。
「……」
入江さんが貫くような視線で石森くんを見つめる。石森くんは入江さんの厳しい眼差しをかわすように、軽やかに微笑んだ。
(こんな風に……)(白浜と黒崎も仲良くいられたら良いのに……)
 
「石森くんの言う通りだよね」「私達が黒崎のこと悪く思ってる訳じゃないし……」
 
(入江さんのことだって……)
思わず、脳裏に浮かんでしまった言葉に、私は戸惑ってしまう。
「ったく。能天気な奴らだな」
入江さんは肩をすくめて、小さく首を振った。
 
「ガキの頃はもっとシンプルだったのによ。メンツとか意地とか」「色々、面倒になっちまったな」
 
夕陽が今日という日の最後を照らすかのように、オレンジ色に輝きながら白浜山に姿を消そうとしている。入江さんが沈みゆく太陽を目で追いながら、切なげに瞳を細めた。
 
「白浜だと、そういうのないですよ」「……!?」
 
(って。私、何言ってるんだろ?)
私の真っ直ぐな言葉にたじろぐように、入江さんが一瞬、目を泳がせた。だけど次の瞬間、無理矢理、平静を取り戻そうとするかのように、軽く鼻で笑ってみせた。
 
「転校でもしろってか?簡単に言うんじゃねぇよ」石「そうだよ、○○。俺のライバル増やさないでくれる?」
 
石森くんの言葉を受けて、入江さんが小さく微笑んだ。入江さんは瞬きと共に私に視線を送ると、そのまま踏切を越えて、黒崎行きのホームへと歩き出してしまった。私達を裂くように、警報音が鳴り響き、電車が近づいてくる。
「……」
次の瞬間、通過列車が風を運んで通り過ぎていった。警報器がうるさいぐらいに警報音を鳴らし、やがて踏切が静かに上がる。
 
「転校か……。それも、悪くねぇかもな」
 
入江さんが心を揺らすような真っ直ぐな視線で、踏切の反対側に立つ私を見つめている。
「……え?」
入江さんの呟きは、線路に吹く風に流されるように、かき消されてしまった。
(入江さん……)